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頭の中の独り言

初雪の事・・・

開店休業中という事でしたか・・・

 

今回は随分長い間このブログと向き合っていなかった。

だって、お客さん全然来ないから・・・は、違うかぁ。

 

不投稿の期間が長くなってくると、今度は書き出しの文章さえ浮かばなくなってしまう。

 

なので、居直るしか無い訳です。

 

書き始めた文章に後から付け加え、更にまた付け加えを繰り返して結局投稿していなかった記事。

 

纏めて投稿!

 

赤い文字が最初に書いていた文章・・・

 

青い文字が2週間くらい経って継ぎ足した文章・・・

そして更に1週間経っての今回の文章が黒い文字という訳です。

 

例年、次の年の参考になる様にと初雪報告をしていたが・・・

 

今年も本当は書き始めていたのに、途中になって・・・投稿していなかった。

 

その書きかけの記事は・・・

 

23日、初雪!

 

と言っても、南区の方はもっと早くに降っていた様なので、「私の住む所では」の但し書き付きだけど。

 

昨年は、このブログによると11月3日だった様で、大粒の雪が「降るというより落ちている」と、その様子が記されていた。

 

ちょっとした叙情的表現が出来た様だったが・・・

 

今年の初雪は・・・

 

あまり叙情的描写も感慨も無さ過ぎる。

 

颱風21号の影響で朝から強い雨。

それが、横殴りの雨からミゾレに変わったと思うと湿った雪に・・・

 

向かいのアパートの屋根が白くなっていく様子は窓から見えたが、アスファルトの上では積もる事は無かった様だ。

 

この後、どう続けるつもりだったのか、覚えていない。

2週間も経ってしまったのだから当たり前か・・・

 

例年だとこの時期は年賀状の事で頭がいっぱいになっている。

今年はそれが無い分、ゆとり・・・の筈だったのだが。

 

何故か「喪中はがき」の文面で、ゆとりどころではなくなっていた。

 

年賀状にしても、1年に1度の便りで、その間相手に会う事も無い人が殆どな訳だから「旧年中はお世話になり・・」の文面を会ってもいない人には間違っても使わない。

 

働いていた時には、仕事仲間などに書いたりはしていたが、今は引き蘢り状態なので尚更だ。

 

それが・・・「喪中はがき」・・・です・・・

 

参考例の殆どが「これまで賜りましたご厚情に・・・」の文面。

 

「う・・・ん、ご厚情、賜ってないし」

「う・・・ん、明年も変わらぬご厚誼のほどを・・・って、明年『も』は嘘になるなぁ、今年ご厚誼願ってなかったし」

 

呟き続ける屁理屈に妻も呆れ顔。

 

・・・結局、それからも悩み続けてはいたものの、何とか無事に全部刷り終えた。

 

さて、ブログの事に目を向け・・・

 

よく考えると、ずっと初雪の記事を載せていて、(昨年は何月だっけ?)と参考にしていたのだから今年もスルーする訳にはいかない。

 

初雪情報として載せておかなくちゃ!

 

そろそろ根雪になろうかという頃に初雪の記事?だけど・・・

 

こうも長い不投稿だったので「元気でいるよの証の一筆」という意味合いも含めての居直り投稿・・・かな?

  • 2017.11.14 Tuesday
  • 10:08

頭の中の独り言

故障の連鎖

昨年の4月に「怯えの音に」の記事を書き、5月に「2重の歓び」の記事を書いていた。

クラビノーバの故障・・・突然大音量地雷的鍵盤の話。

 

それが・・・一週間位前から同じ現象が!

またもや指が竦む事態に・・・

 

悩んでいても解決しない訳で・・・

でも、2万超しの修理代を考えると悩む訳で・・・

 

ただ、どのみち何れは修理しないとならない。

ならば早い方が良い。

 

という事で、YAMAHAの修理センターへ電話をした。

 

手元に昨年の明細書を置き乍ら詳細を説明。

昨年の5月に修理してもった事、その時と同じ症状な事など。

 

最後に「修理の保証期間の3ヶ月は過ぎてしまっている訳だから・・・前回と同額という事になるんでしょうかね?」

 

1年経過している訳なので、その間、色々値上がりしてないだろうか?というつもりの質問だったのだが。

 

すると、思わぬ神対応!

 

「確かに毎日弾くにしても1日2時間程度で1年半しか持たないのは早過ぎますねぇ・・・」

担当の女性がそう言って暫くの沈黙。

 

やがて「お客様?ご迷惑をおかけして誠に申し訳ないとは思うのですが・・・」

 

(このフレーズは・・・「とは言え、矢張り保証期間も過ぎておりますので」だろうねぇ)

 

「交換部品代はお支払い戴けないでしょうか?」

(え?アレ?)

 

「技術料、出張費などは当方で負担致しますが・・・部品代のみ御負担お願い出来ないでしょうか?」

「え?あのぅ・・・あ、あ・ハイ」今度は口に出したが声が裏返ってしまった。

 

言っときますけど、クレーマー口調で「どうしてくれるんだ!」みたいに脅してませんから。

電話なので「顔、恐いよ!」と言われる筈も無いし。

 

多分、自社の製品がお客に迷惑をかけてしまったから・・・というプロ対応なんでしょうかねぇ。

 

そ・そ・それこそ、願っても無い事!!

 

高額なのは技術料や出張費な訳で、それが無ければ予想額の4分の1という事になるではないか。

 

以後は当日訪れる係の人と日時等を打ち合わせて下さいという事で・・・

 

「本日、担当○○がお伺い致しました」の電話に「○○さん大好きだよ!」って言っちゃいそうでした。

 

翌日に前回と同じ技術屋さんが来てくれ、無事地雷撤去(部品交換)完了。

 

序でなので普段は出来ないピアノの裏側の掃除、周囲の片付けも出来て良かったかと思いを仕向ける。

 

と・・・次の朝、ストーブが故障!

 

管理会社へ電話をして、今度はストーブ周りの片付け。

 

ストーブはスティール棚の間に設置してある。

なので棚の方を修理の邪魔にならない様に移動する事になる。

 

その棚には光ファイバー・ケーブル、テレビやデッキへの接続ケーブル、Wi-Fiケーブル、LANケーブル等ケーブル類や電話コード、電気コードと、それぞれ結束バンドで丸めてぶら下がっている。

 

棚を移動する為にはそれらのコード類を解かなければならない・・・

 

作業の人が来る迄には何とか間に合った。

 

が、古いストーブなので故障部位の部品が無いという事から、暫く管理会社と相談していた。

 

ストーブの中には着火しなかった灯油が溜まっていたという事で、処理はしてくれたが部屋中灯油の匂い!

 

全部の窓を開けっ放しにしたので、日の当たらない分、外より寒かった。

 

結局、新しいストーブと交換してくれる事になった様だった。

 

「新しいストーブを用意するのと、先に一件受けていますので、そちらが終わってから・・・5時〜6時くらいになると思うんですが・・・」

 

夕方になってしまうという事だが、移動して部屋の片側を塞いでいる棚を「申し訳ないんですが、この状態にしておいて貰うと助かるんですが」

 

こちらにしても戻して亦移動させるなど面倒くさい訳なので「いいですよ」としか答えようも無く。

 

待ち乍ら、普段は掃除出来ないストーブが置いてあった床や壁、周囲を掃除。

 

(昨日から掃除ばかりしてるなぁ・・・)と、寒い部屋の中でコートを着ての雑巾がけ。

 

またまた、ホコリが気になってても普段は出来得なかった場所を奇麗にする事が出来たのは良い事かと思いを仕向ける。

 

するってーと・・・設置したままだから普段裏側などを掃除出来ずにいる電気製品・・・

 

今度はお前か?と、つい冷蔵庫を眺めてしまう。

 

いやいや、別に掃除望んでないから!ありません様に!!

 

でも、故障って連鎖するんですよねぇ・・・

  • 2017.10.22 Sunday
  • 11:47

頭の中の独り言

兄の事・・・4

数日後に遺骨が届き、お寺への納骨の手続きを始めようとしていた矢先に・・・

 

件の担当者の方から電話があった。

 

アパートの家賃、病院や施設の支払いを兄に代わって処理していてくれたという事で、それらの支払いも済ませ、更には「葬儀の全費用も残された預金から賄わさせて戴いたのですが、些少乍ら余りましたのでお届け致したいと思います」との連絡だった。

 

数日後にその通帳が送られて来た。

 

「些少乍ら・・・」と、送られて来た通帳・・・その残額に色々な思いが交錯し、切ない思いがしたのだが。

(でも、面倒をみてくれた方達に迷惑かけずに済ませられて良かったね)という慰めにもなったりした。

 

それはその侭、仏事にかかる費用に充てる事が1番の供養になると考え、姉達にその思いを話した。

 

「莫大な遺産相続だから、姉弟で血を血で洗う醜い争いしなくちゃならなくなったけどさ・・・」と電話をする。

 

「それはそうだよ、私達にだって貰う権利があるんだから、お前一人に独り占めにはさせないよ」

 

そんな軽口の後、提案に快く同意してくれて、更にかかるだろう費用は皆で分担しようと申し出てくれた。

 

任せられたので、以降の事の運びの手順を考える。

 

書類の手続きが完了して送金がなされたら、お寺で遺骨を納骨堂に納めさせて貰う。

 

その時に戒名を戴き、その後、仏具店で本位牌に戒名を刻んで貰い、もう一度お寺にて魂移しをして貰い、我が家の仏壇にも両親と一緒にその位牌を納める。

 

それで全て終了!・・・と、単純に考えていたのだが・・・

 

役所から送られて来たのは広島県の銀行通帳だった。

 

通帳に記されていた銀行に電話をかけてみると・・・

 

「本人が亡くなられたという事で、相続権の手続きが必要となります。」との事だった。

 

その際に知っておいて貰いたいという注意と共に手続きの手順を教えてくれた。

 

沢山の書類が必要となる事から、用意するのに結構な時間と費用がかかる事。

 

内容如何によっては・・・例えば、兄に戸籍上の配偶者がいた場合、或は子供などが居た場合は優先順位で請求権が無くなる場合もある、などなど。

 

初めて知ったのだが、相続権の優先順位は、配偶者→子供→両親→兄弟の順という事だった。

 

それはそれで良い、先ずは始める事にした。

 

まずは銀行に提出する書類を揃える事になる。

 

先ずは父の戸籍謄本・・・

そこに子供達が記載されているので兄と兄弟である事が証明される事になる。

これは父の最終本籍地が夕張だった事から、夕張に住む姉にお願いして送って貰う事にした。

 

私自身に関しての印鑑証明症や戸籍謄本などの必要書類は区役所へ行って揃えた。

 

兄の分は本籍を移していたので広島県の市役所へ、免許証のコピー、請求理由書と定額小為替を添えて戸籍謄本を請求。

 

途中、書類が2通分になったので不足分の定額小為替をもう1度送り直したりと、これらの書類を揃えるだけでも結構な日数がかかってしまった。

 

その間、ウッカリ指定された書類の一つを促されたりして送っては待ち、また送っては待ってという日々。

 

やっと全部の書類が揃い、広島の銀行に郵送、後は審査の結果通知を待っていた。

 

「ちょっと、問題が発生しまして・・・」件の銀行の担当者から電話があったのは可成りの日にちが経ってからだった。

 

問題というのは、兄の戸籍が継続しておらず空白期間があるのでその空白を埋める書類が必要との事だった。

 

その空白を追跡するには父自身の継続を証明する為に、父が東京に住んでいた頃の戸籍謄本が必要となった。

 

結局その書類も揃えた訳だが・・・可成り昔の謄本なので筆字で書かれており、正直、私には読みとれなかった。

 

夕張の分と東京の分の2通を携えて区役所へ行き、これで空白が埋まった事になるのか否かを訊ねてみる事にした。

 

結構な時間を割いて調べてくれていたが・・・結果は、その2通を繋ぐ書類が存在しないという事だった。

 

「つまりは、追跡は出来ないし、空白は埋まらないという事ですか?」

「そうですね・・・請求相手の方に、証明しろと言われても出来ないと言って納得して貰うしか無い様です。」

 

「役所の人にそう云われたのだから・・・という事になりますが・・・こんな事って有り得るんでしょうか?」

「滅多に無い事ですが・・・お父さんは明治生まれという事で・・・昔はこういう事も、ま・ま、有ります」

 

仕方が無いのでその旨を銀行の担当者に伝え、先ずは東京の分の謄本も送る事した。

 

「取り敢えず、私の方から審査の部門にその旨申し伝えておきますが・・・結果は判りかねますので暫くお待ち戴きたいのですが・・・」との担当者の弁だった。

 

確かに暫く待たされて・・・

 

結果、審査が通り、兄には配偶者も子供も両親も居ない事で、私が兄弟の代表という手続きの為の書類を発送しますとの連絡があった。

 

後日書類が送られて来たと同時に、書類の書き方を説明してくれるという親切な電話があった。

 

書類を郵送してやっと全てが終わったー!と安堵していたら、亦亦、私のペケで必要書類のコピーを送り忘れるという事があって、開放感は先延ばしとなってしまったりしたが・・・

 

今迄の人生でこんなに書類と向き合ったり手紙を書いたりした事は無い!という月日だった。

 

ともあれ、送金が為されたので、次にはお寺に連絡して、戒名の依頼をし、やっと納骨する事が出来た。

そこまでは何とかお盆迄に間に合わせる事が出来た。

 

残念乍ら、最終予定としていた本位牌への魂の入れ替えは間に合わなかったのだが・・・

 

どうせ間に合わなかったので、お盆の月にはお寺も忙しいだろうからと9月まで待って、予定を伺って寺へ出向いたのが11日だった。

 

これが以前に綴っていた3月から9月まで「心に重く抱えていた課題があって・・・」の顛末記。

 

こうして兄の位牌が今は両親の位牌に並び、我が家の仏壇に収まっている。

 

「行方知らせないから最後に会えなかったろぅ、親不孝もん!」なんて、母に責められていたりして。

「いやいや、実は親孝行しようと店を出すため頑張ってたんだよ」と、父が取りなしてくれたりして。

 

間に挟まれて小さくかしこまっている兄の姿が見えそうだ。

汗をかきかき言い訳してるのは・・・・広島弁だったりするのだろうか?

 

日記代わりに4回に渡って綴っていた「兄の事」はこれで終了。

  • 2017.10.20 Friday
  • 09:45

頭の中の独り言

兄の事・・・3

前回の記事の後は不運としか言いようが無い出来事が続いていた。

 

一緒に店を始めた相方さんが脳梗塞で倒れてしまったという報せがあった。

 

幸い、軽度だった様で兄は面倒をみながら、店の方は一人で切り盛りしていた。

 

相方さんが大分回復してきたところで、時々電話で様子を報せてくれたりしていた。

 

まだ口はよく回らないが、元気になった様子の相方さんに受話器を渡して、その口調を「どうじゃ、おぼこいじゃろ?」と、笑い乍ら茶化している声が聞こえる。

 

「聞こえたん?こうやってからかうんよ」と私に訴える様子は、戯れ合っている様で微笑ましく聞いていたものだった。

 

もう少しで店の手伝いが出来る様になるだろうと予想していたのだが。

 

それから間もなく、今度はその相方さんから、兄が脳梗塞で倒れたという報せがあった。

 

それからの事は周囲の人のプライベートな事に触れてしまう事もあるので部分的になるのだが・・・

 

幾度かは入院の様子、リハビリに励んでいる様子を連絡してくれていた。

 

広島の病院でリハビリ中の患者を扱ったテレビの特集番組があり、兄も映っているのでと放送日時を報せてくれたりもした。

 

画面には平行棒で歩行訓練を受けている兄の姿が写し出されていた。

 

(退院したら、また連絡をし合う事になる筈・・・)と漠然と思っていたのだが・・・

 

その後、相方さんは息子さんに引き取られる事になり、「息子に止められているから」と、電話番号も住所も知らされなかった。

 

その連絡を最後に連絡が途絶える事になってしまった。

 

同時期に、こちらの電話番号が変わったりした事も連絡が取れなくなった一因だったかも知れない。

 

今になって、相方さんはこっそり電話をかけてくれたりしてたのではないか?と残念な想像もあるのだが。

 

それ以降の兄の事は今回連絡をくれた呉市の役所の方からの電話で知る事になる。

 

兄は市のお世話でアパートに一人住む事になったが、殆ど施設や病院を行き来する生活だったとか。

 

兄が亡くなった時に、その担当の方が相方さんに連絡をとろうとしたが連絡がとれなくなっていたという事だった。

 

葬儀を市の関係者で行った後、斎場での遺骨の保管期限が迫る中、書類を辿り、やっと連絡がとれたのが夕張に住む姉のところだったという事だった。

 

2ヶ月も過ぎていた訳は、その姉も同じ夕張とは言え、他の場所に引っ越していたからという事の様だ。

 

一番上の姉も私も札幌に引っ越していた訳だし、私は札幌でもう一度引っ越したり電話番号が変わっていたりしていたので容易に辿れなかった様だ。

 

姉から一報を貰った私が、その後の担当者との話を引き受ける事にした。

遺骨は引き取り手がいない場合は無縁仏という処理になるという話だった。

 

一瞬、北海道の地に住んでいたよりも何倍も永く住んでいた呉と言う土地の方が馴染むのではないか?とも考えたが、矢張り両親と同じ場所に収まる方が良い筈・・・と、遺骨を引き取る事にした。

 

手続きの事で電話で話していた方が、市のお世話になってからずっと兄の担当者だったという事で、最後の様子を訊ねてみた。

 

末期の大腸癌で最終的に他の部位にも転移していたと聞き(苦しんだりしなかったのだろうか?)そんな思いからだったのだが・・・

 

少し言いにくそうに

「実はですね、最終的に入院して間もなく、認知症の症状が出始めまして・・・なので、病気の自覚も無かったのではないかと思われます」

 

認知症患者は自分の想い出の中で1番楽しかった時期を漂うと聞いた事がある。

 

これは残された者の身勝手な想像とは思うが、そうであったのなら良かったと思う。

何もして上げられなかったという自責の念を掏り替える事でしかないにしても。

 

兄の思いはどの時期を彷徨っていたのだろう?

兄の1番楽しかった時期とはどの頃だったのだろう?

 

親切に対応して戴いた事を担当者にお礼を言い、丁度バイトを引き受けたばかりだった事もあり、広島県迄は引き取りには行けない非礼を詫び、遺骨を送って貰う手配をして戴く様にお願いをした。

 

その後で思いも因らぬ様々な手続きなどで頭を悩まされる事になるのだが、次回に・・・

  • 2017.10.17 Tuesday
  • 09:10

頭の中の独り言

兄の事・・・2

前回の記事の続きです。

 

以前、「憧憬の『ガキ大将』」というタイトルで在りし日の兄の事を綴った事があった。

記事の中にあるN君から「もう一回聞きたい」と何度もせがまれて話した可笑しい兄の武勇(?)伝の話。

 

兄の事はその記事の他にも「ホーム・ページ」か、この「ブログ」の何処かで綴っていた様な気がしていた。

今回、そう思って見直してみても探しきれずにいたのだが・・・

 

成る程・・・記事というより、始めたばかりの「プロフィール」の中で、タイトル「中学の頃」の文章中にあったので気がつかなかった訳だった。

 

その兄が、今年の1月に亡くなっていた。

その事を知ったのは3月になってからだった。

 

その事で逡巡していた事は前回の記事で綴っていたのだが・・・

ともあれ、想い出と共にこの半年の経緯も綴ってみる事にした。

 

中学を卒業後、暫くして「調理師の免許を取る!」と広島県の海上自衛隊に入隊した兄。

私達一家が夕張に住んでいた頃だ。

 

その後、目的の免許を取得して除隊して・・・

 

それも兄らしいのだが「故郷に錦を飾る迄戻らない!」と夕張に戻らず、突然連絡を絶った。

 

父は当時の海自の上官に訊ねたが「本人はその決心が固いので、『居所を伝えないでくれ』と頼まれています」との事だった。

 

「私が責任を持って見守っておりますから」という事でもあったので、何度か手紙のやりとりをしていた中、先ずは元気で暮らして居るのだからと、徐々に連絡も疎遠になっていった様だった。

 

大手のスーパーの鮮魚店で板前の修行中というような事は聞いていた様だ。

 

その後暫くして、兄も予想すらしなかっただろう53歳という若さで母が突然病気のため他界してしまった。

 

結局、兄は母の死に目に会う事は出来なかった。

 

それから10年以上経った頃、まだ夕張に住んでいた私が、たまたま道警の「行方不明者捜索キャンペーン」を知り、札幌に出向いて駄目もとでもと依頼してみた。

 

そして・・・・あっけなく見つかった。

 

電話の向こうに「警察で調べてもらったらね・・・」と切り出すと、「ほっか?じゃけぇ、わしは、警察のご厄介になる様な事はなんもしとらんけ、ほんまじゃけ、信じてくれ!」

 

すっかり広島の人になっていた兄の大慌てだった様子は可笑しかった想い出。

 

実はご厄介になっていたじゃないか!

 

単なる駐車違反だったのだけど。

 

逆にその手懸かりが無ければ辿り着く事は出来なかったので、よくぞ駐車違反をしてくれていた・・・という事でもある。

 

風の噂で知った母の死に目に会えなかった事を悔やんでいて、だから尚更中途半端で戻れないと思っていたのだとか。

 

連絡がとれた時には、籍は入れていなかったが一緒に住んでいた人と共同で料亭を開いたばかりという事だった。

 

連絡がとれた事をきっかけに、相方さんと一緒に夕張を訪れて、姉達や親戚とも交流を持つ事になった。

 

籍の事に関しては詮索はしなかったが、仲睦まじい様子に安心し、「お前には勿体ないしっかりした人だ」と、父も歓迎の様子を示してくれ、永かった断絶が雪溶けた。

 

その後、父を伴い広島県を訪れた時には、「まだ借金で始めたばかり」と言っていたが、結構大きな料亭だった事に驚いた。

 

紹介する為と言って友人や仲間が集まった中、調理の腕を振るってのご馳走で父を大いに喜ばせてくれた。

 

「本当は借金が完済出来て、店が完全に自分のモノになってから胸を張って報告したかった」とも言っていたのだが・・・

 

後になって知る事になるのだが、そんな先の思いは叶わない事になってしまったのだから、矢張りその時に父に会わせて上げて良かった!という思いがある。

 

父はその後暫くして亡くなったが、良い想い出を作ってあげたのは最大の親孝行だったと思っている。

 

この侭に時が流れてくれたなら幸せな一生になるだろう筈だったのに。

 

長くなってしまったので、次回へ・・・

  • 2017.10.14 Saturday
  • 09:02

頭の中の独り言

兄の事。

9月もとっくに過ぎて・・・

 

例年綴っていた自分のサイクルでは「音の時」終了。

そして10月は既に「絵の時」突入。

 

な筈だったが・・・今年は「絵の時」は無さそうです。

 

年賀状の時にしか絵を描かない訳で。

この時期には参考資料を集め始めたりする頃です。

 

別に年賀状以外での絵を描いてもよさそうなモンですが・・・

目的が無ければ気持ちを仕向けられない。

 

そして、今回は年賀状に代わり喪中葉書の文面を考えているところです。

 

前々回の記事「ゲーム2件」の冒頭の文章・・・

 

「今年・・・3月からずっと心に重く抱えていた課題があって。

それが、この9月にやっと区切りをつけて解決する事が出来た。」

 

これは兄に関する事柄でした。

 

この半年、事在る毎に書きかけては纏まらなかった。

 

兄とは言え、プライベートな事に触れるのは如何なもの?とか

或る程度触れないと、この半年の経緯を綴る事も出来ないし、とか。

 

別にその事に触れなくても良いか・・・とか。

 

このブログの読者は幾人かの知人の他は親戚・友人な訳で・・・

今年始めの兄の訃報に触れないのは不自然と、ずーっと思ってたりもした。

 

いずれにしても11月には喪中葉書を出す事になる。

 

本当は訃報を受け取った時に既に2ヶ月の経過があった事、というのが書き倦ねる原因だった。

ならば、その後、納骨や一連の手続きが済んだ時点で纏めて一気に綴ろうかと思っていた。

 

それが、思わぬ事が続いて一向に捗らぬ事態になってしまい、全ての手続きの完了が遂には9月になってしまった。

 

尚更、今になって何から、どう書いていいのやら・・・と思い悩む結果となってしまった訳で・・・

 

書き始めのこの文章だけでさえ、言い訳めいてこうして何行にもなってしまっている。

 

それでも、「日記代わりでもある」と称していたこのブログだからこそ、自分向けに纏めて綴ってみようかと。

 

なので、次回から暫く、読み手無視の記事、という予告という事でもあります。

 

本当はこの記事も・・・

 

書き始めた時から冒頭の文章が何度も変わっていたりするのです。

 

「9月も残すところ、あと僅か」

「今日で9月も終わりです」

「昨日で9月も終わり・・・」

「9月が過ぎて・・・」

 

そして冒頭の書き出しへと変わりつつ、やっと投稿という運びです。

  • 2017.10.10 Tuesday
  • 10:40

頭の中の独り言

「ニッチ」な独り言。

「スマホなんて必要無い」とずっと言っていた彼だったのだが・・・

 

「携帯壊れてさ・・・娘と同じのにしたさ」と、照れくさそうに真新しいスマホを取り出した。

 

「おー!じゃー、娘達に習い乍らだね?」

「うん・・・まだ、全然判らないけど・・・」

 

暫くすると

「写真、写して試したんだけど・・・消すのはどうやってやるの?」

 

そっか、出遅れ感と言うか、今更感と言うか・・・娘達には訊けなかったのかも。

 

「機種違うけど『カメラ』の隣に『写真』ってある筈だから」

そう云ったが、暫く困惑した表情・・・

 

「ちょっと貸してくれる?」と、預かって画面を眺めると、戸惑いの意味が判った。

 

「だよね、iPhoneは『写真』だけど、コレは『フォト』になってた・・・ゴメン」

 

一通り手順を教えて・・・消去の仕方は把握した様だった。

「生意気に『フォト』だなんて・・・」二人同時に呟いたりして。

 

「ガラケイで十分なんだけどさ・・・」そう云う彼に、「羨ましい事」と返す。

 

私は、逆にガラケイだと持つ必要が無い。

 

ガラケイを馬鹿にした意味では無く、携帯本来の意味付けだけだと、無用の長物になってしまうから。

 

「電話がかかってくるなんて、年に何回かだし、メールも似た様なもんだし・・・」

 

スマホだから他の事に活用している訳で、そういう意味では私は携帯電話の機能は殆ど無用になっている。

 

思い返すとまだ、スマホが登場する前の話だけど、周りがみんな持ち始めた時に「携帯電話なんて必要無い」と、ずっと持つ気にならなかった・・・のに。

 

結局、仕事の都合で「連絡つかないと不便だから・・・」と無理矢理持たされた様なものだった。

 

最初のiPhoneが出た時には、これこそが私の欲しかった形態の携帯!と、すぐに飛びつき大いに活用した。

 

ただ、それはそれで、まだ浸透していなかった時代だったのでスマホをひけらかすみたいな・・・変に後ろめたい居心地の悪さでこっそり使っていた。

 

なのに、すっかり浸透してしまった今は「爺さん、無理しちゃってスマホ扱えんのかよ?」の目で見られていそうで・・・これもまた居心地が悪い様な。

 

仕事をしていた時にはそれでも、通信機能も大いに活用していた訳だが、無職の今ではそれが無くても構わない様な・・・

 

而も、珍しく通信があった場合でも、基本的にマナーモードにしてあるので気がつかない。

更に言うと、マナーモードを外してあっても耳の所為で殆ど気付かない。

 

「お父ちゃん、何か鳴ってるよ」と妻に言われてコートのポケットに手を入れるとバイブの振動で「あっ、本当だ」何て事もよくある。

 

大抵は「お知らせ」のメール着信だったりする訳だけど。

 

本日の記述・・・交遊範囲の狭さ、如何に友達が少ないかを物語っている・・・って事かいな。

 

「名は体を表す」・・・・・・・よくぞ付けたよね、ニックネーム「ニッチ」

  • 2017.09.27 Wednesday
  • 11:50

頭の中のアート館

ゲーム2件

今年・・・3月からずっと心に重く抱えていた課題があって。

それが、この9月にやっと区切りをつけて解決する事が出来た。

 

その事は、その内書こうと思っていますが。

 

そんな経緯からホッとした事もあって、このところゲーム三昧。

アプリ自体は可成り前に購入していたのですが・・・

 

iPhoneでチョコチョコやっていると、iPadで同じアプリを先にクリアーしていた妻が「iPadの大きな画面の方が楽しいよ」とiPadを貸してくれました。

 

確かに大きな画面で見た方が奇麗さも迫力も大きく伝わってくる訳で・・・

 

ゲームの名前は「モニュメント・バレー2」

 

(※ 各画像はクリックで拡大表示されます)

 

 

3年程前に「不思議の癒し」のタイトルで記事にしていた「モニュメント・バレー」の続編です。

 

 

 

 

手順や操作は前作で慣れていたので其れ程苦労はしなかったが、相変わらずの不思議な美しい世界感に魅了されてしまいます。

 

今回は母娘の二人のキャラクターが不思議の世界を歩き回ります。

 

終わる事が惜しいゲームなのですが、偶然行き着けた?という事もあったりするので、何度でも楽しめそうです。

 

エンディングに癒された後、序でなので途中迄iPhoneでプレイしていたもう一つのゲームもiPadで続きを始める事にしました。

 

こちらのゲームは完全にPCやiPadの様な大画面向きだったからですね。

 

ゲームの名前は「サモロスト3」

 

 

「ノーム」というキャラ自体は可愛いんですけどね。

他のキャラは結構不気味です。

 

開発した会社は昨年「mashinarium」のタイトルで記事にしていたのと同じ会社で、その記事の中で「サモロスト」の事にも触れたりしていました。

 

こちらのゲームは、シュールで不気味な美しさが幻想世界へ誘ってくれて、背景はまさにアートです。

 

 

 

 

なのに、主人公キャラやその動きも可愛くて、ギャップも楽しい。

 

ゲーム進行と関係無い生物の動きを眺めていたり、チョンと突くとひっくり返ったり、慌てたりするリアクションが楽しくて、急いでステージ・クリアーする気にはなりません。

 

時間に追われたりする事無く、ゆっくりと推理し乍ら進むこの手のゲームが私には合っている様です。

 

iPhoneで進めていた時には(雪虫みたい・・・)と思っていたキャラがiPadで見たら実は逆さに飛んでいたコウモリだった、なんて事があって、矢張り大きな画面の方が楽しめる様です。

 

iPadとか、タブレットを持っているのならこの二つのゲームはお薦めです。

 

でも、終わってしまったー!

 

「♪〜祭りの後の寂しさが〜♪」吉田拓郎気分を味わっているところです。

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 10:45

頭の中のアート館

二重の虹

昨夕、携帯は充電中だったので持たずに出ると・・・

「おう、虹」と思い乍ら階段を下り乍らよく見ると二重の虹だった。

 

これは撮らねばとすぐに戻って携帯を持ち出した・・・が、片方が薄くなっていた。

 

気に入りの雲を見つけたら何時でも撮れる様にと出かける時には持ち歩いていたに・・・

窓から眺めていた空は灰色の雲に覆われていたので油断していた。

 

ボンヤリだけど、2重に架かっているのは判るかと・・・

 

良い事の前兆か?と思ったりしたのに、今朝、北朝鮮がまたミサイル発射だと。

気分、台無し・・・・

 

(※ 画像クリックで拡大できます。)

 

 

 

 

 

 

  • 2017.09.15 Friday
  • 11:06

頭の中の独り言

新海アニメづくし

新海監督作品完食ぅーっ!

順番は制作順では無かったけど・・・

 

更に言えば、「レンタル店に置いてあった作品は」という但し書き付きだけど。

 

最初に観たのは「言の葉の庭」で、次が「君の名は。」だった事は以前に書いた記憶が。

 

その後、暫くしてから最初の作品から順次に観た。

 

「彼女と彼女の猫」

「ほしのこえ」

「雲のむこう、約束の地」

「秒速4センチメートル」

「星を追うこども」

 

先に観てしまったけど「言の葉の庭」「君の名は。」と続く訳ですね。

 

文学の香りと、演出、背景描写の見事さに圧倒されました。

雨や雪、光の扱いに関してはその拘りに脱帽!です。

 

どの作品も1度観たというだけでは勿体ない!

 

初期の頃のキャラクターは(デッサンが狂ってません?)と、気なったりしていたのだけど・・・

 

ストーリーの展開や背景の緻密さに引き込まれて、気にする事ではないかと思わされてしまいましたね。

 

何の分野でも独自の世界感を持っている人の作品は魅力的で・・・

その世界感が自分の感性とシンクロするとミゾミゾします。

 

さてっと、9月最初の投稿・・・

 

新規の投稿には前程拘らなくなりました。

 

以前は「前回の投稿から随分経ってしまった!」との焦りもあったのですが。

 

どうも、私の記事達・・・新しい記事は殆ど読まれていない様なのです。

 

投稿してから1週間ほど経っても殆ど読まれた形跡が無いとか。

前回の記事などは、まだ一人しか読んでないみたいだし。

 

それが、どうにも不思議な事に、このところ古い記事へのアクセスが多かったりしているのです。

平均40件前後のアクセスはカビの生えた様な過去の記事達・・・

 

或は2ヶ月前の記事が、当初から累計3件くらいで終わった侭だったのに急に20件位まで伸びていたり・・・

 

自分の頭の中では、アーカイブに収まった古い記事は、その後、日の目を見ずに朽ちて行くのだろうという風に思っている訳なので、解せない。

 

可成り前に「チクチク」というタイトルの記事だけが毎日複数の件数で一月以上の連続アクセスがあった事がありました。

 

結局、原因は判らず終いでしたが・・・その時と同じ謎の現象が起きていて狐につままれています。

 

読んで戴いた有り難さより、(誰が?何で今頃?)みたいな興味を覚えたりして。

 

自分で書いたのにタイトルから内容を想い出せずに記事倉庫を漁って読み直したりもしていました。

 

う・・・・ん、確かに昔の記事の方が勢いがあった様な気も。

本来は回数を重ねる毎に進歩する筈なのに・・・逆行してるなぁ・・・

 

ともあれ、9月最初の投稿!続くといいね・・・と、他人事?

  • 2017.09.01 Friday
  • 16:02