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頭の中の想い出帖

真谷地汽車

本当はもっと早くに載せるはずだった記事。

 

その事に関連した事を纏めきれずに伸びていた。

その写真を手に入れるに至った経緯に色々な出来事があった事もあって。

 

先ず、その事から書くべきなのか・・・

その経緯は取り敢えず省き、先ずは話を絞って書き始めるべきなのか・・・

 

更には、写真にまつわる当時の想い出も書き添えた方が良いのか?

記憶が定かでない昔の事なので、先ずは写真を載せる事を優先として良いのかな?

 

想いが逡巡して書きあぐねていた。

 

一番最初に心配したのが著作権だったのだが。

 

これは写真を提供してくれた本人に確かめると、彼のお父さんが写した写真なので問題は無い事が判りクリアー。

 

高校時代からの友人で、お父さんが残した古いアルバムから発見したそうです。

 

その写真とは、当時、私達は「真谷地(まやち)汽車」と呼んでいた私鉄の機関車の事です。

 

「北炭真谷地炭鉱」から、本線が通過する「沼ノ沢駅」までの間を「北海道炭鉱汽船株式会社」が運営していたローカル鉄道。

 

沼ノ沢駅〜新栄町(真谷地6区)〜清真台(真谷地5区)〜真谷地を往復していました。

 

この機関車、今では解体されて残ってはいないらしいのです。

なので、尚更この写真は珍しく貴重なものだと思います。

 

驚いたのですが、ネットで「真谷地汽車」と検索すると汽車も含め、沢山の記事が書かれている様です。

 

(※ 以降、写真は画像クリックで拡大出来ます)

 

(説明書きもあったので、その侭載せました)

 

この写真を見て感激したのはまさしく「真谷地汽車」だったからです。

というのは、北炭のマークが正面に着いている汽車はネットの写真では見当たらないのです。

 

(上の写真の説明を省いて少し拡大です)

 

円の中に白い星、その真ん中に黒い丸・・・真谷地鉱に限らないが、北炭のマークです。

 

(北炭のマークは付いていませんが同型です)

 

Wikipediaに因ると、8100型蒸気機関車で、米ボールドウィン制とありました。

 

高校時代に利用していたのですが、雪の時には前側に三角形のスカート風な除雪装置が取り付けられて、まるで西部劇に出て来る機関車の様に思えたものです。

 

高校卒業の前後に5055型に変更となった様ですが・・・記憶は定かではありません。

(煙突の高さが違いますよね。)

 

それに、間もなく客車を廃止して炭鉱の資材や石炭運搬のみになった様でもあります。

私は高校卒業と同時に札幌で3年間過ごしたので、その時期の真谷地の記憶はあやふやなのです。

 

その時代、我が家の直ぐ後ろの小高い所に線路が在り、而も「清真台」という駅もすぐ傍だったのです。

客車は駅のホームに止まる訳ですが、機関車は我が家の斜め上で真後ろ・・・

 

汽車の出発時の汽笛にガラスがビリビリ震え、よく驚かされていた想い出があります。

 

「まだ整理していないアルバムも在るので、また貴重な写真を発見したら知らせるよ」と言ってくれているので、そんな機会があるかも知れません。

 

「客車の中にストーブ置いてあったんだっけ?」と私。

「確か置いてあったと思う」と彼。

 

「ダルマ・ストーブだった?ルンペン・ストーブ?」

 

・・・何度か利用した事のあった大夕張線の鉄道との記憶違い?・・・

 

そんな昔の記憶を辿り乍らの会話が続きました。

 

「貴重な写真なのに、私のブログなんかで公開しちゃってイイのかなー?」

恬淡とした様子で「いやいや、全然構いませんよ」の応えを貰いました。

 

今では蒸気機関車そのものも過去の遺物です。

石炭を運ぶ炭鉱の汽車でさえ、後にディーゼル機関車に移り変わってしまいました。

 

切り出された過去の一瞬「真谷地汽車」の勇姿が、「今」という時に想い出を積んで黒煙をあげ甦らせてくれたもの・・・

 

写真嫌いで、高校時代を含めて殆ど自分の写真は残っていない私に、確かにその時代があったのだよとの確証の様な気も。

 

若し、この写真を「想い出」として捉えられる事が出来る方が見たなら、この汽車が運んでくるのは・・・?

 

そう考えると楽しいのですが、多分、同年輩か私よりも年上になりますね。

惜しむらくは「真谷地汽車」の存在そのものを知らない人の方が多いのだと思われます。

 

でも、「へー、そんな汽車が在ったんだぁ」と、新たに知る歴史の証の一枚としても価値ある写真だという事は確かです。

 

今回の記事は写真の所為で何時に無く趣深くなった様な・・・友人に感謝!です。

  • 2016.12.03 Saturday
  • 12:07

頭の中の独り言

11月の憂鬱

最近はバイトで出遅れた分、年賀状のアイデア絞りに夢中でした。

 

最近、ようやく少しづつ形になってきたのが数点・・・

 

形が出来上がってくると或る程度頭の中で仕分けます。

 

これは大人向けになりそうだ・・・

色付け次第では若い人でもいけそうかな?

 

親戚・知人、大人・若者、男・女・・・

 

シュールな絵では、お世話になった社長には不向きだろうし。

渋い絵柄では若い人には受けないだろう・・・

 

そんな風に、仕上げる段階で(あ、これは奴なら喜びそうかな?)

色々、個々の顔も思い浮かべたりもするのですが・・・

 

前回、「モノローグ」のタイトルでも触れた喪中葉書という報せの事。

 

数日前に、中学の同級生の報せが奥さんの名で届いたのです。

つまりは、本人が亡くなったという報せ・・・

 

実はこのブログに彼は2度登場していました。

その都度、顔を思い浮かべたりしいていた訳ですが・・・

 

「言の葉の趣に」では彼からの年賀状の文面を。

「歌は世につれ」では次の年に自分が返した文面を通して。

 

中学時代の当時、卒業前にサイン帳を持って皆からのメッセージを貰うという事が流行っていました。

 

そういう事が苦手だったので、サイン帳など買うつもりは無かったのですが。

2年前に同じ中学校を卒業した姉さんに「想い出になるんだから!」と無理矢理持たされたものです。

 

仕方無く、リーダーシップのある女の子にサイン帳を預けて代わりに回って貰ったりしました。

 

そのサイン帳は今でも目の前の机の引き出しの中に在ります。

そういえば、彼はどんな事を書いていたのかな?と、手に取ってみました。

 

色々書いていた最後に「これからはお前とあまり付き合えないけど、俺の事をわすれるなよ。1964.3.3 昔の悪友」そして彼の氏名がローマ字で綴られていました。

 

「今は昔」を意識していたのでしょう・・・洒落てたんだね、この悪友は。

 

年賀状書きのドタバタについては毎年同じ様な記事を書いています。

それは、絵についての記述が殆どでしたが。

 

今回は随分感傷的な気分で11月を終えようとしています。

 

年賀状のやりとりだけという付き合いが殆どなのに・・・

年々、出す相手の枚数が減っているとの実感にも身につまされる想いです。

 

2回続けて暗い記事になっちゃったけど・・・自分の記録も含まれている訳で。

 

12月には明るい記事を書きたいものだと思っているのですが。

  • 2016.11.30 Wednesday
  • 16:53

頭の中の独り言

パレード雑感

昨日の朝方は雨・・・

 

日ハムのパレードはどうなるかな?

心配していたけど、無事、晴れましたね。

 

と言っても見に行った訳ではなく、テレビで見ていた訳ですが。

そこまでのファンという事でも無い、という事を意味している訳でもありますが。

 

なので、割と傍観者的にテレビを見ていた訳でもあります。

 

防寒着を纏ってないので、選手達は寒そうだったーという印象でした。

 

紙吹雪が舞わないパレードなんて、クリープの無いコーヒー(古!)という印象もありました。

 

紙吹雪の演出もパレードのもう一つの主役の様な気がしていたのですが・・・

 

それにしても、インタビューアーの無神経さ!

テレビという媒体の問題なのかも知れませんが・・・

 

一人の選手にマイクを向けてダラダラと何度も質問していました。

スタジオで、何時でも出来る様な型通りの質問です。

 

沿道で寒い中お目当ての選手が目の前を通る一瞬を心待ちにしているファン達。

 

ファンとは「自分の方を向いた・向かなかった」とか、「目が合った・合わなかった」とかで一喜一憂するものです。

 

マイクを向けられていた選手はインタビュアーの方を向いて話すので、その間に目の前を通り過ぎられたなら、ファンは自分の方を向いてくれる機会を失った事になってしまいます。

 

テレビカメラに向かって「今年はどんな年でしたか?」なんて愚問に答えさせるよりも、今・目の前で叫んでいる人達に手を振り乍らでも答えられる様な質問をして上げなさいよ!

 

せめて「寒い中、こうして手を振ってくれている大勢の人達に何か一言お願いします」みたいな事だったら心地良かったのに・・・

 

そういう配慮って無いんだろうか?と腹立たしく思い乍らテレビを眺めていましたねえ。

 

テレビってそういう奴さ、とは思っていましたが、増々嫌いになりそうです。

 

お目当ての「大谷」選手がもう少しで目の前に来る!

さあ、こっちを向いてくれるかな?

あら?マイクに向かって話している・・・

あらら、チラリともこちらを見ないで通り過ぎちゃった!

 

・・・・う・・・・ん、何とも気の毒な様な気がするんですけどねぇ。

 

そんな中で、気持ちを明るくさせてくれたのは栗山監督の何ともチャーミングな笑顔だった様な。

  • 2016.11.21 Monday
  • 11:01

頭の中の独り言

復活のシナリオ

昨夜、友人から突然の電話。

 

本当はベッドに入ったばかりだったのだが・・・

 

「今日(11/16)の道新の夕刊読んだ?」

 

見出しの文字列をさらっとなぞっただけで、本文は読んでいなかった記事の事だった。

 

起きだして、スマホを手に彼の説明を聞き乍ら、件の記事を読んだ。

 

このブログの最初の頃、プロフィール「高校時代」で綴っていた演劇クラブの騒動に関連した記事内容だったのです。

 

高校時代に「学校の命令をきかないで上演するのなら全員退学」と突きつけられて無念の決断をした演劇クラブの事件。

 

その時上演出来なかった「炭坑(やま)は生きている」というシナリオを51年振りに「伊達緑丘高演劇部」が上演するという吃驚の記事でした。

 

渦中に居たとは言え、私は殆ど意見も言わず・・・積極的な部員では無かったので、今もこの事件を先輩達ほど熱く語る事は出来ない気がしています。

 

只、連日のディスカッションに、先輩達が成熟した大人に見えていたという感想があります。

 

大袈裟では無く、その時の部長は達観した仙人の様にみえていたものです。

 

他の先輩達をも(10年経ってもこの人達の様には成れない)と畏怖の念で見ていました。

 

退学を覚悟出来たのも、熱く語る先輩達に全幅の信頼を寄せる事が出来たからなのだと思っています。

 

当時は照明係の先輩に照明助手として市民会館の調光室で色々教わりました。

記憶では、当時の道内でも最新の機器が備わっていた筈の調光室。

 

先輩はそこでプロの手ほどきを受けていたらしく、スムーズに調整する手際の良さに圧倒されていた事も鮮烈に覚えています。

 

一年しか違わないのに、自分とは雲泥の差だと眩しく思っていたのです。

彼等の卒業後に、自動で先輩と成る自分の情けなさを想像して辟易としていました。

 

面白い事に、自分が先輩となった年の事を、数年後に合った当時の後輩から感想を聞いた事があります。

 

「雲の上の存在みたいで口をきくのも怖かった」との事でした。

 

勝手に偉そうに見えていたと言う事だけの様ですが、あるんですね、先輩・後輩という立場では・・・

 

「オトフリート・プロイスラー」氏の『クラバート』という本を読んだ時にそんな感慨を持った事がありました。

 

でも、そういう視点があったにしても、事件当時の先輩達はそんな事以上に正真正銘凄い人達だったと今でも思っています。

 

今回、51年振りに上演される運びと成った「炭坑は生きている」の脚本を書いた「松宮文恵」先輩、やっと報われる事に成ったのは本当に嬉しい事です。

 

旭川市文化会館で行われる全道大会で「伊達緑丘高演劇部」がその劇を上演する20日には夕張から彼女も応援に行くつもりだと新聞に記されていました。

 

結局、政治的な判断で潰された過去を、現在に甦らせるべく挑戦してくれた「伊達緑丘高演劇部」にも拍手を送りたい。

 

母校が、反体制的な臭いに異常に反応する学校だったのか・・・当時は全ての学校がそうだったのか・・・

 

政治的な言動、思想的な言動は、ひと絡めに危険思想=共産主義思想(赤)とか不良!みたいな短絡的解釈でレッテルを貼られたりしていました。

 

その事件で、学校と対立した演劇部に所属していた事で私もそんなレッテルが貼られていた様な気がします。

 

3年生になって、就職の為に案内の紙を持って必要とされる推薦状を依頼に職員室へ行った事があります。

 

担任が私を見るなり一言。

 

「お前は不良だ」

 

これは、以前にクラスメートと教室でボールで遊んでいた時に間違ってガラスを割ってしまった事があり、代表で私が謝りに職員室へ行った時と同じ一言だった。

 

「お前は不良だ」

 

 

「そうですか?じゃー結構です」

 

頼まない事でケリがついたと思っていたのです。

 

次の朝に教室で「この中で、推薦状を書いてくれと頼みに来た者が居る。

自分が推薦されるに足る人格なのか各々自分の胸に手を当てて考えてから来る様に」

 

続けて曰くに「推薦出来ない者を推薦する様な嘘は書けない」という理由なそうな。

 

不思議な事に納得しちゃったんですねぇ・・・

(確かにそれは正しい)って。

 

ただ、その時にこうも思ったんですが。

(そう言い切れる程生徒一人一人をちゃんと見ていたんだったらね)

 

結局は学校に頼まず自分で職安に直接行く事となった訳でした。

 

後に一度だけ同窓会に出席した事があるのですが・・・

その会で同じクラスの人に訊いた事がありました。

 

「ねえ、私は不良くさかった?」

 

出席していた全員の反応が「えー?、全然!」

 

自分でも人畜無害が学生服を着ていた様な高校生活という記憶しか無い。

 

「だよねー」と勝手に納得したものです。

 

・・・・・そういう時代だったという事ですか。

 

幻に終わったシナリオの復活を知った今日、2度目の記事になっちゃった。

  • 2016.11.17 Thursday
  • 15:44

頭の中の独り言

モノローグ

この時期、チョット憂鬱になるのが喪中葉書。

 

小さい頃には親戚のおじさん、おばさんの報せ・・・

大人になってからは友人のお父さん、お母さんの報せ・・・

 

近くは同年輩の報せも多くなってきて。

最近では自分より若い人の報せも多くなってきて。

 

毎年、年賀状に合わせてこの時期にそういう通知が届き始めます。

 

昨日は中学時代の友人からの葉書が届いた。

差出人が本人だったので、親とか親戚かな?と思った訳だけど。

 

葉書の裏に書かれていたのは彼の弟の名前だった・・・

 

中学・高校と、よく彼の家へ遊びに行った想い出が甦る。

 

仲の良い家族だったので一家全員でゲームに興じ、夕飯を一緒させて貰った事も何度もあった。

なので、弟の事もよく覚えているのだが・・・

 

記憶の中の彼は小学〜中学時代の侭な訳で・・・

「62歳で永眠」と書かれた文字を信じられない気持ちで見ていた。

 

62歳の彼を想像も出来ないし、私よりもずっと若いのに・・・と複雑な想いも。

弟を亡くした友人は、もっと複雑な気持ちなのだろうと察せられます。

 

友人とは年賀状だけの付き合いとなってしまっているが、印刷のみではなく、必ず近況を知らせる言葉を添えてくれるのが嬉しいと思っていました。

 

この時期には郵便受けの中に葉書が紛れ込んで在るとドキリとさせられるものです。

 

そう言えば、このところ、「りりィ」さんや「レオン・ラッセル」といった昔よく聴いていた大好きな人の訃報も耳にして・・・

 

「りりィ」さんは最近、女優として存在感のある演技に魅せられたりしていたものですが。

 

チョット暗い話が続いたので、気分転換。

 

このところ、年賀状の下書きを散らかしたパソコンと、ピアノの間をいったりきたりだけの毎日。

 

目が痛くなるとピアノに向かい、弾いている最中に何か思いついたらパソコンに向かい・・・

 

下絵を書き乍ら(これが最後になるかも知れない)という想いは年々増して来ています。

 

そのくせ、(本気でそう思ったらもう少しマシな絵が描ける筈なのに)との想いも・・・

 

さて、自分の名前が葉書の裏に印刷される前にもうひと頑張りの時期。

 

毎年の事ではあるけど、下書きばかりがドンドン増えて・・・

それら全部にに少しずつ手を加えて・・・

 

(こんな事をしていたら一枚も完成しない・・・)と漠然と感じ乍ら。

 

そんな時に何の根拠も無く突然閃いたりする事があったりもするのです。

 

おお!今が、その時!

          ・・・・かな?

  • 2016.11.17 Thursday
  • 08:33

頭の中の独り言

軽いかも・・・

原作漫画は読んでいなかったんですがね。

 

テレビで放映された時には毎週夢中になって観ていました。

 

「重版出来!」というドラマです。

 

一癖も二癖もある共演陣にも期待していました。

 

「オダギリ・ジョー」「松重豊」「生瀬勝久」「荒川良々」「安田顕」etc.

豪華な個性俳優ばかりです。

 

そして何より主役の「黒木華」さん・・・

文学の香りしかしていなかった女優さんでしたが・・・

 

予告で見た途端に(いける!)と思ったのです。

 

原作漫画に似ているかどうかは判りませんが、そのまんま絵に描いた漫画のような表情でした。

演技力のある人とは思っていたのですが、流石の表現力!

 

視聴率は其れ程では無かった様ですが、私にはどうでも良い事です。

滅多にドラマは観ない私が、好んで観た番組は大抵視聴率が悪い・・・

 

そのドラマがレンタルされたので、早速借りて亦観ていました。

何度観ても面白い。

 

本当はデッキに録画してあって、放映以降も幾度か観ていたのですが・・・

最初に観た時と同じ様な笑いも感動も、全く色褪せずに何時でも楽しむ事が出来ます。

 

キャスト、スタッフ、シナリオ、演出、どれも最高の出来だと思うんですけどねぇ。

 

因に最初の予定では「能年玲奈」さんだったとか。

プロダクションとのゴタゴタで流れ、次候補の「有村架純」さんも流れたのだとか。

 

若し、上記の二人だったとしたら?と想像して楽しんだりもして。

 

本当は昨日、前回の記事が「当日晒し記事」になっていたので更新するつもりだったのに・・・

 

(しまった、更新しなかった!)と大慌てで本日ネタを探していた訳です。

ところが・・・雪が積もった事意外に何も浮かばない。

 

今年、初めて積もったのだからネタにはなる訳ですが、それを主題にすると新たな「晒し記事」が派生する訳で、亦次の日に更新を考えなくちゃいけなくなる・・・

 

な〜んて考えてたら、こんな軽い記事になっちゃった・・・おそまつ!

  • 2016.11.05 Saturday
  • 16:30

頭の中の独り言

雪でした。

雪・・・?

 

と思って暫く眺めていたが・・・

 

7、8センチもある大粒の雪も混じって、黙々と落ちていた。

 

「降っている」とか「舞っている」という表現では無く、真っすぐに「落ちている」という表現にしかならない。

 

外に出て、暫く空を仰ぎ見ていた。

 

目の前や、見下ろすと真っ白い雪も、見上げると陰となって灰色に見え、次々と落ちて来る大きな灰色の粒を見続けていると、まるで自分が空に向かって昇っている様な錯覚を覚えた。

 

若い時のクリスマス・イブに、時計台の作りを真似た建物の屋根を見上げていた夜が想い出された。

 

夕張から出て就職した、始めての都会のクリスマス。

 

通りで奏でられていた「ジングル・ベル」や「聖夜」の響き。

三角の帽子をかぶって、ケーキを手に行き来している大勢の人々。

 

夜を照らすビルの灯り、色とりどりのネオン、車のライト。

その中で雪景色の街の中にスポットが当てられた白い塔。

 

ふと見上げた塔の屋根から舞い落ちて来る灰色の大粒の雪。

佇んでいると、どんどん空に上って行く自分が居た。

 

それだけでクリスマスが好きになった。

 

イベントの中で一番クリスマスが好きだ・・・という事は何度か記事にしていたが、その日が原点なのかも知れない。

 

それにしても今日の雪・・・こんなに大きな雪粒、暫く見なかったなぁ。

 

台風や地震で被害に遭われた人達にとっては辛い雪となっている事でしょうね。

方や、スキー場等では心待ちにしていて・・・と、想いは千差万別なので悩ましい。

 

先日、テレビで会場に居た人達に「寒いのが嫌いな人、手を挙げて」とアナウンサーが訊いていました。

 

殆どの人が手を挙げると「そりゃ、そうでしょうねぇ」と言っていましたが・・・

「スキーが出来る!」「雪遊びが出来る!」子供達は「大好き!」との答えでした。

 

そう言えば、子供の頃は雪の中で転げ回り、帰って来て石炭ストーブの前に立つと体中から湯気をたてていたなんて記憶も。

 

寒さは歳と共に苦手になってくるという事ですか。

 

皆様、風邪などひかぬ様に健康に留意してお過ごし下さい。

  • 2016.11.03 Thursday
  • 14:00

頭の中の独り言

本当の独り言

4番バッター中田の威圧がフォアボールを誘い出した。

・・・と、言われずに・・・

 

ネックスト・バッターズ・サークルで素振りをしていた大谷の姿が威圧を与えて中田へのフォアボールを誘い出した。

 

・・・と、大方の解説。

 

結局、試合に出る事は無かったのに、それでもこうして話題にされる大谷翔平って何者?

それにしても、今年は痺れる場面や多くの話題を沢山提供してくれました。

 

ともあれ、日本一になったファイターズ、おめでとう!!ですね。

 

さて、私の怪しいバイトは通報される事も無くあと2・3日で終了の予定。

 

「毎日が日曜日」が通常だったので、日曜日が休日という仕事の今月は、久し振りにサラリーマン気分で日曜日を味わった様な気がします。

 

日曜日を心待ちにするって、こんな気分だったかぁ、と。

 

ハードでは無かったにせよ、時間に拘束されるという事ではあったので。

 

本当の自由は不自由さの中にあるなんて思ったりして。

 

さて、今年は遅れてやって来た「絵の時」・・・

 

年賀状の図案作り、少々焦り気味です。

 

アイデア大募集ー!と叫んでもひとり・・・尾崎 放哉の心境ですけどね。

  • 2016.10.30 Sunday
  • 17:10

頭の中の独り言

やっぱり、怪しい?

前回、怪し過ぎるバイトの記事を綴っていましたが・・・

 

何時もはメールが来たら、直ぐに返信する事が出来ていました。

バイトが始まったら、そうもゆくまいと考え、数人にバイトの件を通知しておいたのですが・・・

 

序でに或る程度はと思い、ざっと環境も書き添えました。

 

矢っ張り、可成り怪しいと思う様で、大体の反応は同じ様なもの。

 

「大丈夫な仕事なの?」

 

「大丈夫」の意味しているのは想像が付きます。

前回の記事みたいな事の様です。

 

「暫くの間、新聞から目を離さないで」と返信したりしてました。

 

キーワードに連れて増々反応が怪しくなっていきます。

 

「一人で、空き部屋で」

 

すわ、スパイの様に盗聴?盗撮?見張り?

 

「粉塵が舞う仕事で」

 

すわ、麻薬製造?

はたまた、テロの手助けで爆弾作り?

 

上記に加えて「機械の監視」という文字を付け加えて送った友人からは・・・

 

「見張ってるのって、本当に機械なの?」

興味津々、妄想拡大で訊いてくるメールがありました。

 

「本当は拉致監禁した人達の見張りじゃないの?」

 

成る程、そうきたか・・・

折角の妄想にお付き合い。

 

「バレバレですね・・・今丁度、鞭やローソク用意しているところ」

折角の妄想だから拍車をかけさせて差し上げます。

 

すると・・・

 

「手枷、足枷も要るよね、変装用の覆面とか衣類も。私、縫って上げるよ」

もはや、妄想に背びれ、尾ひれが付き、勝手に泳ぎ始めた様相。

 

最後の方ではすっかりサイコな展開に。

 

どうやら、今回の私のバイトは背徳の臭いばかり・・・

 

「探偵の依頼で犯人を見張ってるの?」みたいな正義の味方は想像出来んのか!?

 

言ってみたとて、私のキャラでは・・・・・無理か。

  • 2016.10.23 Sunday
  • 16:00

頭の中の独り言

「バイト宣言」その後・・・

前回の記事で「バイト宣言」していましたが、矢張りブログの記事を書くのは難しい。

 

「自分の都合の良い時間に始めて、止めてイイよ」と、任せきりで時間制約の無いバイトなのですが・・・

ルーズになるのも厭なので一応8時〜6時くらいを目処にと自分で決めています。

 

戸惑っているのは「作業日報」なるものを書く羽目に成った事。

 

「字」を書く事が大の苦手という事を何度か記事にしていました。

書類や手紙、年賀場の宛名書きは全部妻に任せる程苦手なのです。

 

「活字みたいな文字だね」と良く言われます。

下手なので少なくても、最低「読み易い」は目指しているのですが・・・

 

その、苦手感と共に、日常、殆ど文字を書くという行為をしていなかったものだから、目への負担が半端ない。

 

自宅に帰って来てテレビを見てもボケボケになってしまっているのです。

なので、パソコンはメールや知人のブログ更新チェック程度しか開く事もなくなりました。

 

作業自体は大いに気に入っています。

 

殆ど一人きりで、時々様子を見に来る人以外に誰とも話さない。

望むところだ!の得意技。

 

対人苦手体質だから、客や沢山の同僚とかと話をしないで済むのは有り難い。

 

一日中、回り続けている機械を監視するのが主体という単調な仕事。

もってこい!の得意技。

 

飽きる事を知らない根気体質。

 

勿論、前後にはそれなりの作業もあったりはしますが・・・

 

他にも仕事を受ける前に心配してくれて確かめられた事がありました。

 

「粉塵みたいに粉が舞ったりしますが、大丈夫でしょうか?」

これはもう、即答です。

「元、炭坑夫なんで、全く気になりませんねぇ」

 

という事で・・・

 

一人で、家具も無い一軒分の空き部屋で、一日中回る機械を監視して、時々粉が舞う仕事?

 

う・・・ん、怪しい、十分怪しい。

 

一応、企業秘密の部分も絡んでいるので明け透けに説明は出来ない事が拍車をかける・・・

 

「訊かれたらさ、ヤク作ってるんですよって言ったらいいさ、それ以上訊かれないから」

冗談紛れで最初にそう言われていたが・・・冗談に聞こえないんじゃないか?

 

現に、途中でストーブが故障して業者に来て貰ったら・・・

 

生活用具が一切無い空き部屋に、ソファと作業机だけ。

部屋のあちらこちらに色々な容器や一斗缶が置いて在り、奥の部屋でゴトゴト機械が回っている。

 

ストーブの点検が終わると「いっやー、さっきから気になってるんですけどね?」

と、奥で回っている機械を覗き込み「住んではいないんですよねぇ?」

 

「ええ、作業場にしているだけです・・・(怪しいなぁ)と思ってるんですね?」

と、逆に訊き返すと「いや!ええ、まあ・・・」

狼狽えた後で「何をしているのかなーと思って・・・」

 

「ヤクを製造してるんですよ」

だって、そう言えってという事だから・・・

 

このシチュエーションでこの答え・・・笑えない・・・いや、笑うしかないのか?

「あははは、ヘロインとかマリファナとか?」と興味津々です。

 

「何か、工業用のモノらしんいんですよ、私は機械の監視で雇われているだけだから、詳しくは判らないんですけど・・・」

 

折角芽生えている彼の想像力を敢えて打ち壊す事をしないで、曖昧に答えたのですが・・・

 

結局、ストーブは故障していて交換という事になり、後で交換の作業員が2名来ました。

殆ど同じ疑問が向けられ、同じ様に答えましたが・・・

 

通報したりしない事を祈るばかりです。

 

皮肉な事に、このところ、ボブ・ディランのノーベル賞受賞のニュース!

日ハムCS勝利での大谷の大活躍!書きたくなる様なネタは沢山あったんですがねぇ・・・

  • 2016.10.18 Tuesday
  • 20:35