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頭の中の独り言

雨の日もの思い。

「あめあめ やめやめ おとといおいで」

(マザーグース 谷川俊太郎訳詞)

 

雨・・・別に嫌いではないんですけどね。

 

昨日は風が強くって

今日は雨で・・・

 

実は「北の国から」のDVDマガジンを定期購読しているのです。

四巻目の発売日を一昨日、想い出して。

 

とっくに一週間も過ぎていた・・・

申し込んであるので大丈夫ではあるけど、取りに行かなくちゃ。

 

そう思ったのに、風と雨に邪魔されている。

 

唐突ですがこのところ、「倉本聰」づくしの様です。

 

以前、1度観てはいるのだけど「風のガーデン」の再放送をずっと観ていて、今日が最終回でした。

 

それに、新しく始まった「やすらぎの郷」もずっと観ています。

バイトで朝帰りだから録画して観たり、目が覚めた時にはリアルタイムで観たり。

 

そう言えば、16日の夜中に聴いていた「中島みゆきのオールナイト・ニッポン」でも倉本さんの話題が出ていました。

 

主題歌を中島みゆきが歌っているので、当然の事かも知れません。

 

「さぁ〜んじだぁぁぁー!やっははのはっ!こんばんやぁ〜、中島みゆきでございますぅ」

午前3時にけたたましい雄叫びの後「シラフですよ〜、大丈夫ですよ〜」とか始まった訳ですが。

 

途中、天気予報で参加したアナウンサーが「『やすらぎの郷』観てますよ」と話すと、二人が倉本談義で盛り上がっていました。

 

「近年、まれにみる・・・劇中であんなにタバコを吸うドラマは無いですね」と、彼が感想を述べると・・・

 

「ですよね〜、何か、思いの丈をぜーんぶ、ぶつけてるみたいな・・・」

「な〜にィが『禁煙』だー!」

「こぉれでもくわぁぁぁー!って感じで」

 

「倉本聰」のスタンスを言い当ててるなーと思って聴いていました。

 

前述の「北の国から」のDVDはレンタル店で何時でも借りられる訳ですが・・・

一つには手元に置いておきたい・・・つまりは観たい時に何時でも観られる、という事があります。

 

それ以上に本なので、写真や出演者達のインタビューやエピソードも楽しめます。

なかでも、1番の楽しみは、「北の国から」落ち穂拾い と名付けられた連載。

 

「黒板五郎 独占インタビュー」が楽しい!

 

「黒板五郎」というのは「田中邦衛」さんが演じた劇中のお父さんの役名です。

架空の記者が、その後の黒坂五郎に当時の事を訊ねるという体裁の架空インタビューになっています。

 

3回目では、それを書いている倉本聰自身を揶揄したりしていました。

 

黒板五郎の、あまり知られたくない心理状態が描かれそうになった時に・・・

 

「ドラマの中では細かく描かれていませんでしたね」という記者に・・・

「圧力かけたからな、オイラ先生に」

 

先生というのはつまり脚本家「倉本聰」の事であり・・・

 

五郎「圧力って云うか。早く云やワイロだな」

記者「脚本家にワイロ贈ったんですか!」

五郎「あの人意外とワイロによわいからな」

 

ワイロは結局人参や芋だったりする訳だが、大喜びしていた脚本家を

「単純だ、物書きなんてその程度のもんよ」と云わせたりしていました。

 

こうして自分を茶化したりして楽しく書いている様です。

 

倉本聰さんの本(脚本)は結構持っていて読んでいます。

 

氏の脚本に感じる事は、演じる人が誰であっても、そうしかならないだろうと思う事です。

勿論これは私の独断的感想でしかない訳ですが・・・

 

シェイクスピアの戯曲は演じる人や、演出の解釈の違いで可成り違う印象になるのですが。

 

時代毎の世相への問題提起に考えさせられる事も多々在ります。

 

「北の国から」の時には登場人物に、携帯でメールをし乍ら話す若者から、それを取り上げて川の中に投げ捨てさせたりしました。

 

勿論、他の人物にその行為を諌める台詞を云わせたりもしていますが。

 

みゆきさん達の言葉を借りるなら、それが倉本聰の「思いの丈」なのだろうと思います。

 

な〜んて事をつらつら考えて雨の止むのを待ち続けている訳ですが・・・

テレビでは伊達で樹木が倒されたり、バス停の小屋が倒れて道路を塞いでいるというニュース。

 

今日は諦めようかな?

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 16:37

頭の中の独り言

春2弾!

春2弾!我が家の積雪0宣言。

は昨日でした。

 

3月31日に春1弾!と綴ってから11日目。

やっと周囲に雪が見当たらなくなった。

 

それでは、雪の置き土産の枯れ葉やゴミ掃除!

と思ったら昨日は風が強くて、ゴミは舞い上がり掃除どころではなかった。

 

(明日にしよう・・・)と延ばした今日、今度は雨だって。

しかも、時々雪の振りをしたりして・・・

それが、今度はアラレになったりして・・・

 

ただ、特に書くべき事は起こらねど、記録のために という事かな?

 

今年(へー、昨年は31日だったんだー)と判った様に。

来年はどんな感慨でこの記を眺めているのやらと。

 

バイトが夜勤の為に、真夜中の眠気予防対策あれこれしている・・・と書きました。

本が良い!と読み続けているとも。

 

「ビブリア古書堂〜」全7冊、読み終わってしまった・・・

1日1冊なのだから、まっ、終わるわなー、という事ではありますが。

 

他にも色々読んでいたのですが、矢っ張り目が痛くなる。

ラジオも併用している訳ですが。

 

実は4月16日夜中の3時〜6時までの2時間「中島みゆきのオールナイトニッポン」が放送されるので楽しみにしているのです。

 

月に1度日曜に放送している事は知っていたが、通常はその時間は爆睡時間。

今回、深夜のバイトなので、眠気覚しと一石二鳥!と思った訳です。

 

で、4月は何日の予定かな?と調べ16日と判ったのですが・・・

その時にYouTubeで過去の放送がアップされている事を知ったのです。

 

一昨日の夜に早速聴いてみたら・・・おー!懐かしのオバカキャラ健在!!

 

3月19日放送分だったのですが、ちょっと拾うと・・・

 

桜の開花予想を紹介していて、東京が3月23日と告げた後で

 

「・・・札幌は5月・・・あら、ちょいと5月よ!私、読み間違えてんじゃないの?この紙

5だよね、”ゴ”、”ごー”っ、・・・5月の4日、仙台が4月の9日

ぅんまぁあーっ!仙台から札幌までの間が約1ヶ月よチョイト!

なーか、なっかぁ・・・あの津軽海峡は越せないんでございますネー

泳げないんですよ、前線は。」

 

睡魔退散!のお呪いはコレでございますね。

素っ頓狂な声で読み上げるみゆき嬢。

 

曲を聴いてみゆき像のイメージがある人は絶対聴いてはいけないラジオ。

「中島みゆき」を知りたい人は絶対聴かねばならぬラジオ。

 

とか・・・またまた「中島みゆき」の話になっちゃったけど・・・

あのハイテンションの喋りは眠らせてくれる訳が無いという事で。

  • 2017.04.12 Wednesday
  • 13:36

頭の中の仮想音楽館

「加川良」への想い。

数日前の夕刊の片隅に「加川良」の訃報が載っていた。

 

若しかしたら、自分が見聞き出来なかっただけかも知れないが、その後の報道でその名を見る事も聞く事も無かった。

 

正直、今では知っている人はそれほど居ないのかも知れないと思う事も含めて寂しい気分だった。

 

吉田拓郎が初期のアルバムで「加川良からの手紙」という歌を歌っていたので名前だけは知っているという人は居るかも知れないが。

 

フォークソング(和製)ムーブメントの初期から活躍していて、「高石ともや」や「岡林信康」とともに時代を築いた先駆者だったと思う。

 

ヒットを続けて、という華々しさは無かったが、その分マニアックなファンは多かったのだと思う。

 

若い頃「教訓」という歌を聴いて、直ぐにその曲の入ったLP(アルバム)を買った想い出がある。

その後「下宿屋」という歌を聴いて「親愛なるQに捧ぐ」というLPを買ったりもした。

 

今、手元に残っていないのは、甥っ子と交換したからかも知れない。

互いのライブラリーで気になるレコードを交換したりした時期があったりしたから。

 

地味過ぎる程地味な歌だけど心に沁みてくる歌詞に魅了されていた。

独特の深い声でボツボツと区切って歌うスタイルも好きだった。

 

特に大半が語りという「下宿屋」という曲は私小説文学的な匂いが感じられて、言葉のイントネーションを含め、誰も真似が出来ない彼の世界に誘われたものだった。

 

友達(高田渡)の部屋に集まった仲間とのワンシーンを朴訥に語り描き、

半ばから「♪〜一杯のみ屋を出てゆくあんたに〜♪」と歌が始まると心に沁みて泣きそうになるほどだった。

 

ネットで見つけた演奏は殆どライブで、最初に聴いたのと印象が違っていた・・・

やっと当時の語りを見つけて載せた訳だけど、曲が終わっても暫く無音状態でいるのはアップした方の手違いなのかな?

 

それも含めて、何時迄公開されているか定かではないが・・・「下宿屋」です。

 

 

私の記事に何度か登場した「恰好悪いが恰好イイ!」という言葉。

加川良の歌に描かれる背景はまさにそれだった様な気がする。

 

反戦の意思も勇ましく歌い上げるのではなく

お国の為に闘いなさいと言われたら・・・

 

「命はひとつ、人生は一回だから」と歌いだし

 

「あおくなって尻込みなさい逃げなさいかくれなさい」

「そうよ、私ゃ女で結構、女の腐ったので構いませんよ」と歌う。

 

丁度当時フィンガー・ピッキングの色々な奏法を練習中だった私が、よくギターで弾き語っていた「伝導」という短い曲があった。

 

淡々と「悲しい時にゃ、悲しみなさい 気にする事じゃありません」と歌う彼は、1歳位しか上じゃないのに、達観した雰囲気を醸し出していた。

 

貧乏をうたってもかぐや姫の「神田川」みたいなジメっとした印象がないのは「あるがまま」みたいな或る意味、酸いも甘いも嗅ぎ分けて老成した人みたいな印象だったからかも知れない。

 

明治の文豪を思わせる口髭と、何時でもニコニコとした優しい笑顔は妙にアンバランスな印象だった。

 

〜あたいコスモス この身うらんだ事はない

〜あたいコスモス わきまえているつもり

 

(そう唄い始め、いろいろな他の花たちを描写し・・・)

 

〜あたいコスモス 器量良しじゃないけれど

〜あたいコスモス つたない香りと知りつつも

 

〜旅のお方のきまぐれに 幼子のいたずらに

〜摘んで貰える日もあると それを励みに咲いてます

 

メジャーな活躍をしなかった彼は、そんなスタンスで居たのかな?と思ったりしていた「コスモス」

 

そんな彼が歌ったからこそ「教訓」の問いかけが深く響いた様な気がします。

 

今、世間では「教育勅語」の話題がが取り沙汰されています・・・

端的に「天皇の住むこのお国の為に一命を差し出しましょう」という内容です。

 

今こそ、加川良にもう一度「教訓」を歌ってもらいたい・・・

 

とは、叶わぬ事となってしまった・・・・・・合掌です。

  • 2017.04.10 Monday
  • 15:30

頭の中の独り言

真夜中読書

バイトの話を前回綴りました。

漠然とバイトを始めたという事だけでしたが。

 

内容は、駐車場のシャッター交換の為取り外したので、営業終了でスタッフが居なくなる夜間の見張りと言う仕事。

 

駐車場の大きな入り口がスポッと空いた侭になっている訳です。

自分が行った時に一応ブルーシートのカーテンで囲うのだが、それだけでは物騒な事は確かです。

 

それで、警備という程の大袈裟なものでは無いが、不審者が入ってこない様に見張っているという事なのです。

 

ただ、休日無しの夜間勤務が1ヶ月というのは流石にきついだろうという事で交替で一日置きという事にして戴いた。

 

唯、見張っていれば良い訳で、身体的には何の負担も無い訳で楽と言えば楽ではある。

が・・・最初の頃、毎回朝方4時〜5時くらいの間に1度は激しいバトルがありました。

 

相手は不審者!

・・・の方がまだ気楽かも。

 

襲って来るのは睡魔という目に見えない相手。

 

対抗手段として駐車場は結構広いので歩き回ったり、小走りにグルグル回ったり。

(お金を貰って身体を鍛えてんなぁ・・・)と申し訳ない気もしたりして。

 

本当はずっと歩き回っていても良いと思っていたのだが・・・

間の悪い事に、こんな時にまたもや「脊柱管狭窄症」の再発。

 

それほど強い症状では無く仕事には支障が無いが、あまり腰に負担をかける訳にいかなくなった。

さりとて、じっと坐ったままだと睡魔が団体さんでやってくる。

 

待機しているのは暖かい待合室なものだから余計「団体さん、いらっしゃい」状態です。

睡魔の姿をみかけたら広くて寒い駐車場に出て負担がかからない程度に歩き回ったり、体操したり。

 

そんな繰り返しのある時、(こんなに時間があるのなら本を読めるのでは?)と思い至りました。

 

大正解!だったのです。

睡魔払いの最適アイテムでした。

 

明けて帰宅後、一眠り後に近くのTSUTAYAで手軽に読める本を探しました。

目に止まったのが「ビブリア古書堂の事件手帖」の文庫本。

 

その新刊は7作目で、シリーズとしては最終回との事でした。

 

何年か前にドラマで観た事があって古書にまつわる蘊蓄が面白いと思い、1度は原作を読んでみたいとは思っていたのです。

 

本にまつわる逸話を紹介し乍ら、周囲で起こった事件を女店主がシャーロック・ホームズ、雇われた青年がワトソン君の役回りで謎解きをするという図式になっています。

 

逸話で取り上げられているのが「時計仕掛けのオレンジ」だったり「江戸川乱歩」「シェイクスピア」などなど好きな作家や作品だったりすのも嬉しく、知られざる情報も勉強になったりします。

 

(最初に読むのがいきなり最終回ってのもなぁ・・・)とは思いつつ、興味に勝てず買ってしまった。

ドラマで或る程度の相関は知っていたのでスンナリと読む事が出来ました。

 

面白いので眠気は感じなかったが、これはこれで、目が痛くなるという副作用も在ったりしました。

 

目が痛くなるとiPhoneでラジオやストックしてある音楽を聴き乍ら歩き回り目を休めます。

 

そんな事で睡魔と遭遇する事は無くなりました。

・・・が、付随して新たに登場した副作用が貧乏神!

 

時間たっぷりなもので、あっという間に読んでしまう訳です。

 

さて、明日は何を読もうか・・・新刊は高いし・・・

(そっかぁ、このシリーズ、折角手を付けたのだから、戻って1話から読んでみようかな?)

 

次の日はBOOK OFFへ行って1・2話と、ちょっと気になっていた西加奈子さんの「きりこについて」も一緒に買い求めてしまった。

 

目論みでは、可成り古い本なので100円の棚に並んでいるかな?と思っていたら、半額迄にも下がっていないという事は人気が高いという証拠の様だ。

 

結末を先に読んでしまってから戻るって・・・とも思うが、そういう手法の物語もよく在る訳で。

「スター・ウォーズ」なんてのはエピソード4から始まった物語だし・・・アリです。

 

で、すぐに読み終えてしまった・・・

 

その後も3〜6話も買うつもりでBOOK OFFへ。

残念乍ら、6話は無かったが、3冊買ってと・・・う・・・む、貧乏神、へばりつきー!

 

それにしても、古書店って魅力が在ります。

 

独特の雰囲気が好きで若い頃はよく通いました。

店主の知識の豊富さに只只畏れ入ってしまう事も何度も経験しました。

 

そんな事もあって「ビブリア古書堂」の作者が主人公「栞子」さんに語らせる蘊蓄の知識力も絵空事には思えず、興味深く聞く事ができます。

 

この女主人公は内向的で、消え入りそうな声で対応するので接客にはまるで向いていない。

のに、本の話になるとスイッチが変わって途端に饒舌になる。

 

そんな設定も、古書店の雰囲気にはあるあるで懐かしく想い出されました。

 

実際に古書店主は大体が何処でも無愛想で、本を読み続け、(勝手に探してろ)のオーラが漂っています。

 

そのくせ、探している本の題名を告げて訊いたりした途端「うちには無いけど○○書店か△△書店では扱っている筈」と競争相手である筈の他店の名をあげ、「何月まではみかけた」とか、相場の情報まで教えてくれたりしました。

 

結構マイナーな画集の筈なのに、調べる訳でもなくスラスラと答えてくれたのにも吃驚でした。

 

そんな古書店の店同士の横の繋がりなど裏話が綴られているのも楽しく読める要素です。

 

シリーズは大ベストセラーという事なので、「何をいまさら!」という事ではありましたか。

 

例年だと、「本の時」は終わっている頃ですが、バイトのおかげで持続中です。

  • 2017.04.04 Tuesday
  • 10:44

頭の中の独り言

春1弾!

春一番だろ?って?

イイエ、春一弾で良いのです。

 

我がアパート、歩道に面して内側に広いスペースが在ります。

雪が無い時にはアパートの住人のもとに訪れてきた人が一時的に車を止めておくスペースでもあります。

 

それが冬の間、簡易的な雪捨て場となる訳です。

2メートル以上積み上げられた雪の山。

 

それが、先日来、崩し続けてあと30センチ・・・10センチ

やっと完食!じゃなかった・・・完解!

 

これで、駐車スペースが出来ました。

コレが先ず私の春第一弾!なのです。

 

ここまでが必死に準備する春迎え作業。

あとは自然に溶けるのを少々の手助けで完全積雪ゼロを目指します。

 

というのも歩道迄の通路はアパートに挟まれて日当りの悪い両サイドはまだまだ雪の壁。

1メートルの幅で1メートル50くらいの高さの雪が両方に。

 

崩すと通り道が雪道になってしまう、歩く幅の通路くらいは乾いたままで置きたい。

なので、あとは、のんびりの春待ち顔。

 

・・・と、ここ迄書いて投稿せずにいたのが5日程前。

それが今朝、またまた冬の逆襲の様でした。

 

昨日には折角、アスファルトが出ていた道路や歩道。

それが結構な冬景色に戻っていたが、午後には退散というのもこの次期ならでは。

 

昨年は4月2日に「積雪0宣言」していた。

これは、件の両サイドの雪も無くなったという事を意味している。

 

・・・という事は今年は遅いという事の様だ。

 

この記事を書き始めた時に1メートル50くらいと書いていた高さは、幾分低くなったと思っていたに、今朝の雪で殆ど変わらない印象。

 

雪が多かったという事より、寒い日が続いているという事かも知れない。

 

アパートに挟まれているので日が殆ど当たらない。

日が差すところはドンドン溶けている風だが、天気の割に気温は低いので日陰には恩恵が無い。

 

周囲も含めて「積雪0」を宣言する時が春2弾な訳で・・・

2弾は、まだまだ遠いという事ですか。

  • 2017.03.31 Friday
  • 16:51

頭の中の仮想音楽館

みぞみぞな曲

連日の好天気で可成り春を広げたと思っていたら・・・

その後の数日で冬景色に逆戻り!

 

とは言え、この時期には太陽の力の方が勝っている居る様です。

その後、僅かの日差しで姿を変えた冬を再び圧倒しています。

 

1週間程まえから、1ヶ月の予定でまたもやバイトをしています。

依頼は以前にバイトを紹介してくれた同じ人から。

 

この歳でバイトを紹介して戴けるのは有り難い話です。

 

今度は夜11時半から朝の7時半と夜間作業ですが・・・

矢張り一人仕事なので気楽です。

 

バイトを始める前には毎日氷り割りで歩道も道路もスッキリさせたと思っていたら・・・

二日目の朝帰りの日は、帰ってくると雪を踏み越えて玄関に到着という次第になっていました。

 

冬と春の攻防戦はまだ暫く続きそうです。

 

話は変わって・・・

 

このところ、ずっと楽しんでいたドラマが終わってしまった・・・

ずっと、「みぞみぞ」して観ていたのですが・・・

 

と書いて、これで判った人は観ていたという事になりますか。

 

始まる前からずっと楽しみに待っていた「カルテット」というドラマです。

私は録画で観ていたので次の日という事になりましたが。

 

正直、ストーリーはどうでも良いと期待はしていなかった。

でも、伏線の張り方や意外な展開でそこそこ楽しめました。

 

シナリオも演出も良かったと思うが、後半まで視聴率が上がらなかったのが不思議です。

 

でも、本命は矢張り、4人の演技!会話の妙は期待以上のものだった。

舞台劇を観ているような軽妙なやりとり、見応えがありました。

 

その4人とは「松たか子」「満島ひかり」「松田龍平」「高橋一生」

 

椎名林檎さんの書いた主題歌も素晴らしく妖しかった。

それを歌う4人のクリップもゾクゾクして観ていました。

 

(埋め込みコードは無かったので曲はリンクです)

 

https://youtu.be/cwg6ILsn8cI

 

最終回が終わって暫くしても耳に残っています。

 

それに劇中の挿入曲、「モルダウ」や「アベマリア」等々も弦楽四重奏のアレンジで楽しめました。

その中で初めて聴いた曲だったのですが、妙に耳に残る曲がありました。

 

2回目の冒頭で4人が演奏していた曲。

それが、最終回では公園や舞台で2回演奏され、すっかり惹かれてしまいました。

 

バロックの様でもあり、よくフィードルなどで弾かれるダンス曲の様でもあり。

 

気になって調べてみました。

 

テレビの方では「Tunes For A Found Harmonium」と表示されていた様な。

ネットで調べると「Music For A Found Harmonium」という方が多くヒットしました。

 

何れにしても、まだ詳しく調べてはいませんが作曲者不詳で「トラディショナル」という文言があったという事は民謡というかフォークソングというか、その類いなのでしょう。

 

折角探したのだから、お裾分けです。

 

最初に見つけたは「ペンギン・カフェ・オーケストラ」の演奏で・・・

これを見た時には(あ・・・矢張りバロックの室内楽か)と思った訳です。

 

 

ところが、こちらの演奏を観ると(あ・・・矢張りアイルランドの民謡だったのか)と・・・

 

 

何れにしても楽しく、ワクワクする曲ではあります。

ドラマの中で4人が演奏する姿も楽し気で和みました。

  • 2017.03.27 Monday
  • 15:40

頭の中の独り言

春うらら

北海道の春は迎えに行かないと中々出向いてくれません。

 

迎えに帯同するのはスコップとツルハシ。

 

このところ、春へのおもてなし準備で、代わる代わる柄を持ち替えています。

見回すと、同じ様にあちらこちらで氷を砕いたり雪山を崩したりする人達。

 

直ぐ傍を通り抜ける車は路上の水溜りを飛び散らかさない様に最徐行。

作業をしている人達も車が来る度に飛沫をかけられない様に一旦退避。

 

毎年恒例の風景、北の風物詩です。

 

子供の頃は迎えに行かなくとも自然に春を感じていた記憶。

遊んでいる最中に「来ましたよー」と声をかけてくれた様な。

 

雪をかきわけて沢を下りると福寿草を発見したり

雪解けの水溜りの周りに草花の新芽を発見したり

 

それは子供だったからなのか、田舎だったからなのか・・・

 

「春の曲とは?」のお題を見かけて、つらつら考えている内にこんな書き出しに。

 

因に私が最初に頭に浮かんだのは「もすぐ春ですね〜」のフレーズでした。

キャンディズの歌ですね。

 

好きだからか?と問われると・・・条件反射という感じではありますが。

世代によって、卒業ソングだったり旅立ちの歌だったりするのでしょう

 

ビバルディの「四季」から『春』も思い浮かんだりしました。

が・・・それぞれ『夏・秋・冬』もある訳で、オール・シーズンか・・・と。

 

(確か、以前、自分が春を感じる歌を羅列した事があったような・・・)

調べてみると「〜春の散歩路〜」のタイトルで書いていた記事がありました。

 

4年くらい前だったんですね。

 

その後、1度見直してみるとリンクが切れていて、殆どが聴く事が出来ない状態でした。

なので、リンクの貼り直しをした覚えも・・・

 

今回、また調べてみると数曲が切れていて・・・

貼り直した訳ですが。

 

矢っ張り、フレンチポップスと呼ばれた一連の曲は春を感じます。

自分が聴きたいが故の貼り直しって事ではあります。

 

フランス語のポップな歌は春に聴きたくなり

フランス語のシャンソンは秋に聴きたくなります。

 

中でも、ジェーン・パーキンの「Di Doo Dah」は心が弾み、春そのもの。

 

ただ・・・最後の「シュガー・ミー」

何で付け足したのか?・・・妙にあざとい感じがする。

 

多分、長年探していた好きな曲を、その時に発見したのでどさくさに紛れて・・・って事だったのかな?

 

「春」というテーマに馴染んでいないと思うんだけど・・・

何故だったかは・・・う・・・ん、国会答弁では無いけど「記憶にございません」

 

このフレーズ、最近、国会や百条委員会の中継を見たりすると耳にする機会が多いのですが・・・

この歳になると「おー、仲間が沢山居るではないか!」と勇気を貰える様な気がします。

 

うららですねぇ、春ですねぇ

  • 2017.03.20 Monday
  • 15:55

頭の中の独り言

我が輩は・・・ピアノ編。

前回綴っていた「我が輩も猫である」は結局買って読んでいる。

が・・・それはさておき、途中になっていた記事を仕上げてしまう事にした。

 

書いていた記事は次の行から。

 

我が輩はピアノである 名前は有るのか無いのか判らない。

この家に着いた時に「電子ピアノ」という文字を見た様な気はする。

 

外国の様に名前が先で名字が後?・・・すると、ハーフなのかな?とも考えたが・・・

 

更には電子というのだから女性なのだろうと思った訳だが(デンシ)と呼ぶそうだからこれは名前では無い様だ。

 

デン子なんてやだなと思った訳だが、時々「クラビノーバ」などという名で呼ばれるのも何かくすぐったい。

 

でも、通常は「ピアノ」という風に言ってるので、どれも個人名ではなさそうだ。

 

主人は1日に1度は必ず相手にしてくれるが、隣人への配慮と、ヘッドフォンをつけて弾いている。

我が輩が思うに、配慮とは表向きで、下手な演奏を聴かれたくないというのが本当のところであろう。

 

たまーに奥さんが出かけている時に弾きたくなると、ヘッドフォンを外してスピーカーで小さく鳴らしている時もあるが、それには訳がある。

 

片耳が聞こえないのでヘッドホンをしているとチャイムや電話の音が聞こえないからだそうだ。

普段でも片耳にしか充てがわないが、反対の耳が聞こえないから、結局両耳を塞いだのと同じ理屈になってしまう。

 

言わせてもらえば、たまに違う曲を奏でて欲しいと思うのだが、おさらいの曲ばかり・・・

主人の指にタコは出来てないのに、我が輩の耳にはタコが出来ている。

 

昨年あたりは「Happy・Birthday」に毎日付き合わされた。

密かに呟かせて貰うと、アドリブ部分を完璧に弾きこなせた事は1度も無い。

 

第一、そもそもアドリブというのは即興演奏であって、譜面におこされたものをそのまま弾くのはアドリブと言えるのか?というのが疑問に思うところだ。

 

スイングのリズムも辿々しく、リズム感が欠如しているのは一目瞭然、いや、1聴瞭然というべきか。

 

その事では、内蔵のメトロノームが嘆いていた。

「絶対音感」を持っている人は外れた音を聴くと具合が悪くなると聞き及ぶのだが・・・

 

そういう事で言うと「絶対リズム感」を心髄としているところのメトロノーム君!

ご主人の演奏が始まると目眩がするので耳を塞いで死んだフリをし続けているのだとか。

 

なのに、たま〜に起こされて付き合わされる事もあって、その後は「フリ」などではなく1週間は死んでいる。

 

1度たりとも正しいテンポで弾いた事は無いそうだが「ここだけの話」と言われているので主人には秘密にしている。

 

他にも、楽譜を読む時に、どうして最初から指番号を同時に覚えようとしないのか・・・・不思議だ。

これは新しい楽譜に挑戦する度に必ず同じ事を繰り返しているからだ。

 

或る程度ソラで弾けるくらいに暗記し始めてからようやく指番号を確かめる。

 

無論、(自信を持って言い切れるほど無論!)何カ所も間違っている。

慌てた様子で指を変えるのだが、癖になっているのでおいそれとは訂正出来ない。

 

正しい指使いの方がスムーズに流れるという事は認識している様だ。

 

じゃー何故最初からやらない!?とも思うが、最初の内は音譜を読むだけで一杯一杯みたいなので、少し気の毒ではある。

 

気の毒と言えば・・・(笑ってしまうのだが)ご主人の小指と薬指の中が良過ぎるのもお気の毒。

中指と小指で白鍵を押した状態だと薬指が殆ど離れたがらない。

 

鍵盤以外でも小指を曲げると、薬指が必ず付き合っておじぎをする。

 

全部が白鍵の場合だと、ま・ま、上げて弾く事も出来るが、薬指が黒鍵を弾く事になった場合は・・・

黒鍵は白鍵よりも高い位置に在る、と言う事で、悲惨な結果が待っているのである。

 

その事を除けばこの指達、よく頑張っていると感心する。

 

そそもそも、我が輩に言わせれば本人は暗譜したつもりでいるのであろうが、それは違う!

暗譜しているのは指達だ。

 

何度も何度も同じフレーズを弾かされるものだから指達が身体で覚えてしまっている。

だから、途中で指使いを変えると指達は途端に不満のブーイング。

 

脳が覚えていたのなら指使いを変えたとて、旋律は変わらないので弾ける筈。

肝心の脳が覚えていないから指が慌てまくる構図になっている。

 

何よりも・・・ご主人、覚えが悪い! 悪過ぎる!!

毎日弾いている筈なのに、進歩はこの1週間でたった1小節。

 

それも、進んだのかと言うと、毎回同じ箇所で楽譜を読み直している始末。

 

若しかして、耳の奴が嘘を吹き込んでいるのかも知れない。

ご主人様の大好きな「たま」も「♪〜耳が時々嘘をつく〜♪」と歌っていたし。

 

楽譜を読むのが遅すぎるから、耳で覚えた旋律を頼りにするという事が弊害なのかも知れない。

 

ペダルについても基礎から取り組んで貰いたいものだと何時も思っている。

素人ほどペダルを多用するものだが・・・正確でないと音が濁って騒音にしか聞こえないのである。

 

主人もそう感じているのか、たま〜にペダルを気にする事もある。

 

が・・・踏み込んでボーンと響かせるところで、半端に足を上げるものだから、どうなるか・・・

「ボーン」が「ボ」とか、「ポッ」とか「ペッ」って、「斉藤さんか?」とツッコミを入れたくなるというものだ。

 

本当に不器用な人ではある。

 

でも、まあ、色々悪口を並べたが・・・好きだと言う想いは伝わっている。

独学なのによく頑張っているとも思う。

 

本当は、器用であったら、とっくに他人に聴かせる腕前に成っている筈とも思うが。

 

聴かせる事を目的にしている訳では無いし、弾く事が楽しいという事であれば、メチャメチャ楽しんでいる様子。

 

弾けなくても癇癪を起こして我が輩に当たるという気配も無く、一層楽し気になったりするのは少々不気味ではあるが。

 

以前、隣に置いてあるMacでブログを書いているのを覗き見した事がある。

確か・・・「判らないや、出来ないが楽しい」みたいな事を書き込んでいた様だった。

 

腹を立てて乱暴に「グワーン!」と叩かれるのは勿論迷惑な事である。

が、腹を立てて「クッソー!」と思う様な根性を持って欲しいものだとも思う。

 

感性が鈍いのかもしれない。

 

時々、ミスしても気付かない様だが、本当はミスの音を気付かない程小さくしてあげる我が輩のサービスである。

 

でも、そんな時に「おお!完璧に弾けた!」と単純に喜んでいるから、感性が鈍いというのも結構幸せな事なのかも知れない。

 

我が輩以外には迷惑をかけている訳では無いし、「ピアノを弾いている時が一番楽しい」というのは確かみたいなので、我が輩は溜まったストレスをこうしてたまに吐き出して、長く付き合ってやろうかと思っているところである。

 

本当は、少し呟いてみようかな?と思っていたのに思わぬ長文!

我が輩のストレスが如何に溜まっていたのか、という証でもあったか・・・

 

あ〜〜〜〜、スッキリしたぁぁぁ!!

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 10:40

頭の中の独り言

我が輩は・・・

暫く前に、書店で「没後100年、生誕150年」と謳った「夏目漱石」のコーナーを見かけた。

その時から「我が輩も猫である」が気になっている。

 

作家8名による「猫」アンソロージー文庫本。

 

本家の「吾輩は猫である」は若い頃に読んだ。

が・・・最近また気になってiPhoneのSky Bookにダウンロードして布団で読んでたりする。

 

思うに、誰でも1度はパロディめいて創作したりしなかっただろうか?

創作などという大仰なものではなくても・・・

 

(我が輩は○○である)と対象を擬人化して、自分や家族、或は友達や知人を観察した文章を思い浮かべたりと。

 

私も(「も」なのか「は」なのかは判らないが・・・)若い頃につけていた日記ではよくその手法で綴ったりしていた。

 

主観的に心情を吐露するよりも、客観を装って傍目から事態を描く方が面白可笑しく、デフォルメもし易い。

只、その分、素の侭にはならない・・・という事もあったりはするが。

 

私の場合は殆ど自虐的な表現になってしまう。

 

途中まで書いていた「我が輩はピアノである」も、ご多分に漏れずで自虐的に自分を茶化しまくっていた。

前後してしまうが・・・その記事は後日投稿という事にした。

 

何故なら、その記事を書き乍ら、(でも、どうなのだろう・・・、大抵の人が自虐的になるのでは?)

 

そう考えた時から、頭の散歩路に迷い込んでしまっている。

 

例えば・・・女性に「お題は『我が輩は鏡である』という事で随筆の様に綴ってみて?」とペンを渡したとする。

 

鏡に語らせる自分の姿を本人はどう描くだろうか?

 

「鏡の私には世界中探してもこんなに美しい人は居ないと感じ、只々見惚れている」なんて事、書くかな?

余程の自信家でもなければ・・・ナイ と、思う。

 

容姿に全く自信の無い人だと有り得るが、逆説的に皮肉を含めた自虐という事になる。

 

想像し易いのは、矢張り茶化した様な描き方な訳で・・・

 

「ご主人様は今日も寝坊したらしく、ボサボサの髪を『あ、イテテテ』とか言い乍らブラシを罵っている」とか。

 

「ご主人様は変顔が得意らしく目ん玉をひんむいて睫毛を付けたり、口紅を塗った後は口をんぱーんぱー右寄せ左寄せ、突然ぐわっと大口を開けて・・・」とか

 

自分しか知らない姿を、茶化したりしないだろうか?

 

終いには「この毎日の凄い形相を、他の所でもやっているのではないか?と心配になる」と鏡に気遣わせてしまったりとか。

 

勿論、擬人化したモノに言わせるのは自虐的とばかりは限らない訳だが・・・

 

デートみたいな事では「鏡」に言わせた方が照れも隠せて、自身に対する想いを表現出来たりするかも知れない。

 

「ドキドキする」とか「ワクワクする」という直接的な表現よりも

 

「ご主人様は、何時もと違って随分緊張している様子。鼻歌まじりに髪を梳いたかと思うと、溜め息で私を曇らせてしまったりと落ち着かない・・・大丈夫、可愛いよ。帰ってきた時に笑顔だといいな」とか応援も出来たり。

 

私の場合は、ま・・・完璧に自虐しかない。

 

他のモノにしたって・・・

 

「我が輩は福沢諭吉である。この家にはとんとエンが無い」とか

 

「我が輩は財布である。折角訪れてくれた野口英世君と仲良くなれそうかと思うと、次の日には旅に出るので顔も覚えきれない」とか

 

「我が輩はブログである。ご主人ときたら・・・」これはもう、のっけから攻撃態勢だし。

 

と、記事の途中でこんな愚にもつかない事で頭の中を散策していた。

 

でも、コレは良い手法だなぁー、幾らでも書けそうな気がする。

とか言いつつ・・・先ずは途中に成っている記事の続きを書いてしまわねば!

  • 2017.03.08 Wednesday
  • 10:24

頭の中の独り言

冬溶け予感。

降り積もった雪をスコップを持って除雪。

 

次の日は溶けて溜まった水を排水溝に導く溝作りの為に氷割り。

 

スコップとツルハシを日替わりで握り変えていた此の頃。

 

一進一退ではあるけど、雪は氷に変わり、氷は水に変わって。

雪山も確実に背が低くなっている。

 

雪の白さで清潔なイメージの北海道。

これからは泥色の雪壁に挟まれて泥水だらけの車が走り回る季節。

 

昨年のこの時期は「本の時」だった。

気がつけば矢張り同じ事になっている。

 

前回の記事の「しんせかい」を読んだ後も、古い本を取り出して再読したりしていた。

 

西加奈子さんの「サラバ」が気になっていたのに新作「I」が出でしまって・・・

うん、「I」を買おうかな・・・と思ってTSUTAYAへ行った。

 

生憎、品切れの様で、先日見かけた時に買うと良かったか・・・と、少し残念気分。

ならば、何か自分を呼ぶ本でも探してみようか?

 

ぼんやり目で眺めまわしていると、文庫の棚で呼びかけている本が目に入った。

 

伊坂幸太郎原作の映画は殆ど観て居た筈なのに・・・

何故か小説は読んだ事が無かった。

 

最初に観た「ゴールデン・スランバー」が面白くて、彼の原作の映画は次々に観ていた。

 

只、映画の場合は監督の思い入れや、感性などの解釈で描かれる訳で。

(まずは、1冊くらい自分の捉え方で読んでみようかな?)

 

その1冊が今、半分くらい迄読み進んでいる「首折り男の協奏曲」

映画で受けた世界観が展開されてる。

 

今度も亦、最後に一気に繋がるだろう手法に期待しつつ楽しんでいる。

クエンティン・タランティーノの様な、オタクっぽい小さな拘りや蘊蓄を挟んでいるのも面白い。

 

本当は一気に読めそうで、その方が良いだろうと思いつつも、章毎に閉じて反芻したりして。

 

(溜まっていた水は流れたかなー?)と、ツルハシ片手に続きの氷割り。

春告げの水音が耳に響く心地良さを感じた後、部屋へ戻り、さて、次の章を読もうかな?

 

おっと、その前に・・・

 

3月最初の記事、投稿ーっ。

  • 2017.03.02 Thursday
  • 13:18