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w closet×JUGEM

頭の中のアート館

ゲーム2件

今年・・・3月からずっと心に重く抱えていた課題があって。

それが、この9月にやっと区切りをつけて解決する事が出来た。

 

その事は、その内書こうと思っていますが。

 

そんな経緯からホッとした事もあって、このところゲーム三昧。

アプリ自体は可成り前に購入していたのですが・・・

 

iPhoneでチョコチョコやっていると、iPadで同じアプリを先にクリアーしていた妻が「iPadの大きな画面の方が楽しいよ」とiPadを貸してくれました。

 

確かに大きな画面で見た方が奇麗さも迫力も大きく伝わってくる訳で・・・

 

ゲームの名前は「モニュメント・バレー2」

 

(※ 各画像はクリックで拡大表示されます)

 

 

3年程前に「不思議の癒し」のタイトルで記事にしていた「モニュメント・バレー」の続編です。

 

 

 

 

手順や操作は前作で慣れていたので其れ程苦労はしなかったが、相変わらずの不思議な美しい世界感に魅了されてしまいます。

 

今回は母娘の二人のキャラクターが不思議の世界を歩き回ります。

 

終わる事が惜しいゲームなのですが、偶然行き着けた?という事もあったりするので、何度でも楽しめそうです。

 

エンディングに癒された後、序でなので途中迄iPhoneでプレイしていたもう一つのゲームもiPadで続きを始める事にしました。

 

こちらのゲームは完全にPCやiPadの様な大画面向きだったからですね。

 

ゲームの名前は「サモロスト3」

 

 

「ノーム」というキャラ自体は可愛いんですけどね。

他のキャラは結構不気味です。

 

開発した会社は昨年「mashinarium」のタイトルで記事にしていたのと同じ会社で、その記事の中で「サモロスト」の事にも触れたりしていました。

 

こちらのゲームは、シュールで不気味な美しさが幻想世界へ誘ってくれて、背景はまさにアートです。

 

 

 

 

なのに、主人公キャラやその動きも可愛くて、ギャップも楽しい。

 

ゲーム進行と関係無い生物の動きを眺めていたり、チョンと突くとひっくり返ったり、慌てたりするリアクションが楽しくて、急いでステージ・クリアーする気にはなりません。

 

時間に追われたりする事無く、ゆっくりと推理し乍ら進むこの手のゲームが私には合っている様です。

 

iPhoneで進めていた時には(雪虫みたい・・・)と思っていたキャラがiPadで見たら実は逆さに飛んでいたコウモリだった、なんて事があって、矢張り大きな画面の方が楽しめる様です。

 

iPadとか、タブレットを持っているのならこの二つのゲームはお薦めです。

 

でも、終わってしまったー!

 

「♪〜祭りの後の寂しさが〜♪」吉田拓郎気分を味わっているところです。

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 10:45

頭の中のアート館

二重の虹

昨夕、携帯は充電中だったので持たずに出ると・・・

「おう、虹」と思い乍ら階段を下り乍らよく見ると二重の虹だった。

 

これは撮らねばとすぐに戻って携帯を持ち出した・・・が、片方が薄くなっていた。

 

気に入りの雲を見つけたら何時でも撮れる様にと出かける時には持ち歩いていたに・・・

窓から眺めていた空は灰色の雲に覆われていたので油断していた。

 

ボンヤリだけど、2重に架かっているのは判るかと・・・

 

良い事の前兆か?と思ったりしたのに、今朝、北朝鮮がまたミサイル発射だと。

気分、台無し・・・・

 

(※ 画像クリックで拡大できます。)

 

 

 

 

 

 

  • 2017.09.15 Friday
  • 11:06

頭の中の独り言

新海アニメづくし

新海監督作品完食ぅーっ!

順番は制作順では無かったけど・・・

 

更に言えば、「レンタル店に置いてあった作品は」という但し書き付きだけど。

 

最初に観たのは「言の葉の庭」で、次が「君の名は。」だった事は以前に書いた記憶が。

 

その後、暫くしてから最初の作品から順次に観た。

 

「彼女と彼女の猫」

「ほしのこえ」

「雲のむこう、約束の地」

「秒速4センチメートル」

「星を追うこども」

 

先に観てしまったけど「言の葉の庭」「君の名は。」と続く訳ですね。

 

文学の香りと、演出、背景描写の見事さに圧倒されました。

雨や雪、光の扱いに関してはその拘りに脱帽!です。

 

どの作品も1度観たというだけでは勿体ない!

 

初期の頃のキャラクターは(デッサンが狂ってません?)と、気なったりしていたのだけど・・・

 

ストーリーの展開や背景の緻密さに引き込まれて、気にする事ではないかと思わされてしまいましたね。

 

何の分野でも独自の世界感を持っている人の作品は魅力的で・・・

その世界感が自分の感性とシンクロするとミゾミゾします。

 

さてっと、9月最初の投稿・・・

 

新規の投稿には前程拘らなくなりました。

 

以前は「前回の投稿から随分経ってしまった!」との焦りもあったのですが。

 

どうも、私の記事達・・・新しい記事は殆ど読まれていない様なのです。

 

投稿してから1週間ほど経っても殆ど読まれた形跡が無いとか。

前回の記事などは、まだ一人しか読んでないみたいだし。

 

それが、どうにも不思議な事に、このところ古い記事へのアクセスが多かったりしているのです。

平均40件前後のアクセスはカビの生えた様な過去の記事達・・・

 

或は2ヶ月前の記事が、当初から累計3件くらいで終わった侭だったのに急に20件位まで伸びていたり・・・

 

自分の頭の中では、アーカイブに収まった古い記事は、その後、日の目を見ずに朽ちて行くのだろうという風に思っている訳なので、解せない。

 

可成り前に「チクチク」というタイトルの記事だけが毎日複数の件数で一月以上の連続アクセスがあった事がありました。

 

結局、原因は判らず終いでしたが・・・その時と同じ謎の現象が起きていて狐につままれています。

 

読んで戴いた有り難さより、(誰が?何で今頃?)みたいな興味を覚えたりして。

 

自分で書いたのにタイトルから内容を想い出せずに記事倉庫を漁って読み直したりもしていました。

 

う・・・・ん、確かに昔の記事の方が勢いがあった様な気も。

本来は回数を重ねる毎に進歩する筈なのに・・・逆行してるなぁ・・・

 

ともあれ、9月最初の投稿!続くといいね・・・と、他人事?

  • 2017.09.01 Friday
  • 16:02

頭の中の独り言

陰日向に・・・

雨の日以外、日中は窓を全開にしています。

 

少し前迄は(お〜、涼しい)だったのに

このところ(さ・・・・ぶ)と感じたりして。

 

「さて・・・っと、一回り」言いおいての散歩。

 

日にあたると結構暖かい。

 

(でも、日陰は寒いくらいになりはじめたなぁ)

 

そんな風に感じた時に・・・

 

(あれ?どっちだったかな?)と未だに迷ったりする言葉を想い出す。

 

多分、可成りの歳まで勘違いしていたものだから、間違いが定着してしまったの感ありです。

 

「日向」という言葉ですね。

 

何故か「日向ぼっこ」は、日を避けて日陰で涼む事を意味しているとずっと思い込んでいたのです。

 

絵は浮かんでいた筈なのに・・・

お婆ちゃんが縁側で座布団に坐って・・・とか。

 

なのに、どかかで夕涼みの風景と入れ替わってしまっていた様で。

 

すると、「陰日向に咲く」という映画の登場人物達はいつ陽の光を浴びれるんだ?と心配になろうというものですが。

 

この夏も、まだ覚えきれていないと自覚させられた経験をしてしまった。

 

暑い最中に建物の影にある段に腰掛けていると、近所の人に通りすがりに声をかけられました。

「暑いですねぇ、外でくつろいでるんですかぁ?」

 

咄嗟に答えてしまった言葉が「ええ、日向ぼっこです」

 

ニコッと会釈をして去る後ろ姿を見送り乍ら・・・冷や汗付きで一気に冷えまくってしまった。

 

昔「可成り大きくなる迄『股間』と『眉間』を勘違いしていたと言っていた大竹しのぶさんの話に大笑いしていたが・・・・笑えない!

 

今日も、日差しの暖かさを感じ乍ら「うん、この状態でどこかに腰掛けたら『日向ぼっこ』!」

暫く歩いて日陰になっていた石段を見乍ら、「あそこに坐ったら『涼み』!」

 

言い聞かせ乍ら歩いていた訳です。

 

熱中症に気遣い乍ら日差しを避けていた夏も終わりの様子。

これからは正真正銘「日向ぼっこ」の季節という事になりそう・・・・

 

で、間違いないのかな?・・・

頭の中はいつでも春なものだから。

  • 2017.08.31 Thursday
  • 16:32

頭の中の独り言

メビウスの環

前回・前々回と続いて「いまいさん」からコメントを戴きました。

アニメの話から、ニッチ向き?と思われるタイトルを態々調べて提供して戴いたりしました。

 

コメント返しの欄にお礼と共に、色々書き込み始めたのですが・・・

文章が長くなってしまって、ただのコメント返しの様相を呈さなくなってきた。

 

ならば、記事本文でその時に思いついた事柄等を書き連ねるのも良いかな?と。

(ふふふ、記事のネタが出来たという姑息な思惑という説も・・・)

 

そもそもはアニメの話から・・・私はこういうアニメが好きだと書いた事からでした。

 

「アニメは商業主義や観客に迎合せずに、独自の世界観を押し付けて来る人が好きです。

こちらが「判ろうが判るまいが」の設定で「こんな世界があったとさ」から始まるという。」

 

「風の谷のナウシカ」が頭にあった訳ですが・・・

 

すると、そういう私の感性に沿う様な作品の情報を色々教えて戴いた訳でした。

 

残念乍ら、近くの「TSUTAYA」で探してみたのですが見当たらず、何れ大きな店舗で探してみようかと思っています。

 

「どんな作品?」興味のある方は前・前々回の記事のコメント欄で情報が得られます。

 

「独自の世界観、判ろうが、判るまいが」という事を自問してみる。

 

当時、観ていたアニメは・・・ジブリ(宮崎駿さんの作品)以外は「ピクサー」や、作品を選んでの「ディズニー」と、外国作品が主だった。

 

それが、「アキラ」(大友克洋)で日本のアニメも面白い!と思い始め・・・

 

「パプリカ」・「千年女優」(今敏)

「イノセンス」(押井守)

 

と、絵も含め、独自の世界観を持ったアニメに魅了された訳です。

アニメ好きという人からみるとほんの一齧りみたいなモンでしょうが。

 

映画ではどうしても実写の方に目がいってしまったりしています。

 

基本、SFは大好きなのですが、CGに頼ったり、迫力画面を見せる事を優先させる様な映画は二の次という感覚です。

 

見終わった後で(凄かった)の印象はあるものの、それだけ・・・という事でですね。

 

映像でもストーリーでも「初めて!」と驚かせられる画期的なものが現れるのを待っている訳です。

 

「アニマトリックス」を含む「マトリックス」シリーズにはそれがあってワクワクして観ました。

 

「アバター」は映像そのものの美的表現や世界観と相まって、空中に浮かぶ島など自分が見たかった世界を描いてくれた!と感動しましたが。

 

ストーリーとして興味の基準となるキー・ワードを考えてみると・・・

「パラレル・ワールド」

「タイム・パラドックス」

「時空の歪み・捻れ」など。

多重人格を含む『脳』や『夢』を扱った物語も範疇です。

 

超常現象には興味があるけど、心霊現象はそれほど・・・とか。

「タイム・スリップ」や「タイム・リープ」は興味があるけど「タイム・トラベル」はそれほど・・・とか

「エイリアン」はリドリー・スコットの1作目は好きだが「エイリアン物」には興味が無いとか。

 

何が違う?と、自分でも思う様な我が侭な嗜好感覚。

焼き魚は好きだけど煮魚は苦手・・・みたいなモンですか。

 

そんな事で、近年観たSF映画で余韻に浸れた作品を想い連ねると・・・

これは何度も観直したという事でもあります。

 

「バタフライ・エフェクト」

ずっと気になっていたのに、観たのは最近でした。

タイム・リープ物の原点作品ですね。

切ないけれど納得するしかない・・・と思ってしまったり。

 

「ルーパー」

(処刑人の自分が、未来から送られて来る未来の自分を処刑する事になる)という謳い文句が気になった訳です。

でも、観る迄はそれほど期待していなかった・・・のに、どはまりしました。

「タイム・トラベル」だけでは無く「タイム・パラドックス」超能力の少年も絡んでのエンディング。

 

(クリストファー・ノーラン監督)「メメント」で10分間の記憶を扱って衝撃だった彼の2作品

「インセプション」では夢のしくみ・・・階層の関係や睡眠の状態をCGを使わずに見事な映像美で描いてくれて夢の構造の勉強にもなりました。

 

「インター・ステラー」

『ワーム・ホール』や『ブラック・ホール』を映像化して、ストーリーでは伏線を張り乍ら、ミステリーやサスペンスの要素も十分にヒューマン・ドラマとしても完成していると脱帽しました。

 

「オール・ユー・ニード・イズ・キル」が日本の漫画が元になっていたのだとは知りませんでした。

それに、映画は、可成り端折っているのだろうし、原作をなぞっているか否かも判りません。

ただ、タイム・リープでループを重ねて次回に備えて行くという発想が面白かった。

という事は映画よりも原作を褒めている事になるのかな?

 

まだまだ在るけどキリが無い・・・ただ、1回観ただけではよく判らなかった、と、何度も観直してジワジワと染み込んで来るようなこの手の映画が大好きなのです。

 

或る意味、アラ探しみたいな事もあったりして・・・

ツッコミを入れた積もりが間違っていたのはツッコミを入れた自分の方!と気付かされたりするのも楽しい。

 

そんなに科学知識がある訳では在りませんしね。

 

若い頃、雑誌でメビウスの環の作り方を見て早速作ってみた事があった。

真ん中に鉛筆を立ててスライドさせて行くといつの間にか線は裏側を辿る訳で。

 

それだけでも何故か意味も無く感動していた。

 

それを、その真ん中の線に沿ってハサミで切って行くと2回捩じれた大きな一つの輪が出来る。

この事は或る程度想像出来た訳だが・・・

 

手品の様に不思議だったのが、全く同じに作ったメビウスの環を、今度は半分ではなく三分の一に沿ってハサミで切って行くと・・・

 

皆、1度はやった事があると思いますが、経験した事の無い人に「どうなると思う?」と訊いて正解を貰った事はありませんでした。

 

一つの捩じれた輪と、その半分の大きさの捩じれた輪が組み合わさって出来るのです。

 

それは不思議で面白かったのですが、それ以上に夢中になって考えさせられる事が偶然から派生したのです。

 

たまたま、鉛筆を立てた時に突き刺さり紙を突き破ってしまった。

それは(まあ・・・どうせ後で切るのだから・・・)と気にならなかったのですが・・・

 

あれ?と俄然興味が湧いたのはその穴です。

 

表の線と真裏の場所・・・例えば唯の輪ならば鉛筆の線は通る事も無い裏側の場所という事だが、捩じれている為に、軈ては線が通る筈の無関係では無い場所という事になる。

 

おっと・・・この線や面を時間とか空間という風に置き換えて考えたとしたら?

 

この穴って、ワーム・ホールという考え方が出来ないか?

これなら本来なら一周の半分にあたる場所へ一瞬で行く事が出来ると考えられないか?

 

数学=赤点、科学=赤点だった頭なので・・・荒唐無稽な考えなのか否かさえ判らない訳ですが・・・

 

少なくともその事が「次元」「時間」「空間」「宇宙」などという言葉へ興味を持ったり、考える切っ掛けになった様でした。

 

1時期は「ムー」とか読んだりしてましたし・・・

 

「男は幾つになっても夢見る少年」と、美しく表現した言葉を本で読んだ事がありますが、私の女友達の表現ではこう変わったりしてます「男は幾つになってもただのガキ!」

 

う・・・・ん、思い当たりません?「いまいさん」も。

はい、仲間に引き込もうとしたりして。

  • 2017.08.25 Friday
  • 16:51

頭の中の独り言

「二の腕」って・・・

「二の腕が殆ど動かせない」と書こうとして・・・

一応確かめてみた。

 

合ってはいたのだが・・・間違いとも言える訝しい事になっていた。

 

私が言おうとしたのは、肩から肘まで・・・腕を垂らした状態で上の部分。

それを「二の腕」と言う事は間違いなかった。

 

但し、現代では・・・・という事で但し書き付きだった。

 

本来は、その部位を「一の腕」と呼び、肘から手首までを「二の腕」と呼んだそうな。

 

それが、長い歴史の中で、「一の腕」という言い方が廃れて、言葉として「二の腕」だけが残った。

 

而も、それが本来は「一の腕」を指す言葉だったのに誤用が通常となって真逆の言い方が定着してしまったという事らしい。

 

「二の腕」と聞いてどちらを思い浮かべます?

 

・・・・と言うか、そんな事を言った事も無いという人が多いかも。

「二の腕まくりをして・・・」とか・・・言わないかぁ。

 

何で「二の腕」の話をしているかと言うと、前回の記事で綴った転倒ですね。

 

(すぐに直るだろう)と思っていたら、そうはいかなかったのは歳の所為でもありそうな。

 

厄介なのは、常に痛いという事であれば、それなりに注意も出来る。

動かそうと思わなければ別に痛くない訳だし。

 

只、歩いていて気付いたのが・・・

歩行に伴って左手は振っているのに右手はダランとした侭動いていない。

 

「明日のジョー」両手ダラリ戦法・・・の訳も無く、而も片手だけだし。

寧ろ、歩き姿は肩で風切っての寅さん風かも・・・

 

動かすと痛い、という事を忘れていると結構滑稽な事にもなる。

 

手元に在る水の入ったグラスを握るまでは痛くないので、その侭持ち上げて飲もうとすると・・・

口元までの半ばでガクッと止まる訳です。

 

コップは握られているので急に止まる事は出来ても、中の水はそうはいかない。

慣性の法則という事ですか・・・・・ゆのわらみんです。

 

慌ててフリーズ中の右手を左手で支えてゆっくり下ろしコップを置く。

 

巻き散らかった水を拭こうと布巾に手を伸ばそうとする・・・

 

(そっか、痛いんだっけ)すぐに気付いたのは偉い!勉強機能が付いている!!

自画自賛の思いで、左手で支えて誘導された右手で布巾を掴む。

 

そこでやっと気付く訳です。

 

(そっか、最初から左手だけで済む訳だったか・・・)

 

そんな事から、ピアノは曲を通しての練習がずっと出来ていない。

右手の可動範囲は肘から手首(昔の2の腕、今は死語の1の腕)辺りだけで済む部分練習。

 

可動範囲を超えた部分の練習は、改めて左手で支えて運んで・・・(よっこいしょ)

 

コレ、1曲を通して弾くところを想像すると可笑しいかも。

オクターブ以上だと移動する度に中断し、左手で持ち上げてって・・・

 

よくギターの覚え始めに、コードが変わるところで中断して、指をポジションにセットし直してから弾くというのと同じに思える。

 

ジャラーン♪〜「かたーい きずなーにぃー おも」・・・・ジャラーン♪〜「いを、よせてー」

1度は経験する事ですけどね。

 

それでも・・・前回の記事からみたら少しづつだけど良くなりつつあるのは感じる。

マウス〜キーボード間の移動が左手のお世話にならずに済むようになったのだから。

 

怪我のおかげで2回も記事ネタに出来た訳だし・・・

「世の中に、無駄な事などひとつも無いのだよ」ってね。

  • 2017.08.22 Tuesday
  • 10:16

頭の中の独り言

気力と体力の差異、実感!

恒例のお墓参りは毎年同じ様な事の繰り返し。

 

と、思いつつ、昨年の記事をちょっと読み返してみた。

 

そっかぁ、昨年は姪っ子達の子供が4人も居たんだっけ。

今年は一人だけだったから一緒に遊んであげるのは楽勝!

 

・・・と、思いきや・・・

 

例の脊柱管狭窄症、発症!

 

お墓の草むしりをしていた時の姿勢が悪かった様だ。

終わって腰を伸ばすと片足が抜けそうな位痛いというか怠いというか・・・

 

悪い事に、子供のイベントが次の予定だった。

墓参りの後で滝野公園で子供を遊ばせるのが通例になっていた。

 

歩くのが痛い時には無理をせずベンチに腰掛けて痛みが引くのを待って。

(いけるかな?)と思ったら子供と一緒に駆け回る・・・の繰り返し。

 

相手は一人とは言え小学1年生のはしゃぎ盛り!

 

今年も大きなボールを丘の上まで運ぶゲームに付き合った訳だったが・・・

足がもつれて途中で転倒してしまったりして。

 

一回転した時に肩を強打してしまった様で腕が上がらなくなって・・・

足は相変わらず一歩毎に抜ける様に痛いし。

 

昨年は、4人相手だったけど、自分が疲れたら子供同士で遊ばせておく事も出来た訳だった。

 

何れにしても、毎年この時には一緒に遊ぶ役目の立ち位置はキープしたい訳で。

 

老骨にむち打って・・・という言葉がその侭当て嵌まる1日ではあった。

 

想い出したのが、若い時に娘の幼稚園の「お楽しみ会」で、親による駈けっこなるものに参加した事がある。

 

私は二十代で体力には自信があった・・・・・・・筈。

 

ところが、小学校などのグランドと違い、小さな小さな広場での競争。

直線距離からあっという間にカーブになる訳で、そのイメージが出来ていなかった!

 

思いっきり走るものだからカーブでコントロール出来ずに、曲がりきれず客席まで吹っ飛んで転げてしまった。

 

(しまった!)と思いきや、殆どのお父さん達が次々と同じ様に転倒していた。

 

「毎年、必ず転がる人が大勢・・・「走れる」と勝手に思い込んで張り切るからなんだよねぇ」

年長組の子供を持っているから、何度もその光景を見ていただろうお母さんに言われてしまった。

 

二十代とはいえ、全速力で走る競争などからは何年も遠ざかっていた訳で・・・

 

気力だけが勇み足で、足が付いてこないのに、無理をする上に状況判断も出来ていなかった、という訳ですか。

 

思えば、二十代でその有様だったというのにア〜タ、六十代後半ですゾ!

 

「己というものを知るという事を知りなさーい、オロカボノ」

呆れ顔で頭を振り振り呟く枝雀さんの姿が目に浮かぶ様な・・・

 

予感通り、今年も次の日は満身創痍状態!確かに愚かだったーっ!

でも、この愚かさ加減・・・結構好きだったりする訳ですが。

 

然し、愚かの代償はしっかりと顕在化する訳でもあり・・・

毎年、子供の相手をして遊んだ次の日は筋肉痛。

 

今年は尚更!こうして記事を書いている状態も笑える所業。

 

クリックなど指での諸操作は問題が無いが、マウスを持った右手を前後左右に移動させるには左手の手助けが必要な訳で・・・

 

マウスから隣のキーボードに指を移動する時にも、左手で右手首を掴んで持ち上げて「よっこいしょ」

 

食事の時にはテーブルまで歩くのに、そんな広い家でもあるまいに、(イテテテ・・・)

膝を擦りむいていた事を忘れて正座しようとして膝をドンと着いたら(アイテテ・・・)

 

手を伸ばしてオカズを取ろうとすると腕が上がらず(イタタタ・・・)

左手を添えて口元まで運び・・・手首を捻ると(アイタタタタ・・・)

 

そんな姿・・・本人も可笑しく思っているのだから傍目で見ていたら余程可笑しいのだろう妻が笑い転げていたりする。

 

我が家の風物詩ってところですかねぇ?

 

懲りるという事は無いだろう故・・・来年はどんな事になるのやら。

  • 2017.08.16 Wednesday
  • 11:01

頭の中の独り言

秘そやかな歓び。

ネットを見ていて気になった言葉が・・・

 

「『君の名は。』に往年の名器シャープのX68000が」という記事。

 

映画がDVDになったので、そのシーンを注意深く観ていたら・・・確かに!

 

むふふふ・・・私が初めて買った愛機が描かれていました。

 

新海監督自身も、描いた証拠としてネットに映画の場面を載せたりしていた様です。

 

モニターは無かったが確かにツインタワーと呼ばれた本体が1枚は正面から、2枚目は後側から精密に描かれていました。

 

実際に見た事が無い人にはパソコンとは気がつかないかも知れないが、持っていた人にとっては、チラッとしか映らない後ろ姿だけでも直ぐ解る程思い入れのある独自のデザインでした。

 

このブログでも「X68000」の事は何度か記事にしたりした事があります。

「初めてのパソコン」「初めてのパソコン2」とかですね。

 

時々コメントして戴く「いまいさん」さんも最初のPCが同機だと言う事で、コメント欄の中で盛り上がったりしていました。

 

新海監督にどんな拘りが在って描いたのか気になるところです。

 

ともあれ、京極夏彦氏の京極堂シリーズで活躍する榎津探偵の口癖を真似て言うと・・・

「この映画は『X68000』が出ているから偉い!」てな事になります。

 

・・・・・・・・あっ、・・・別にイイんです、「ちょっと、何行ってるか判んない」でも。

 

今の愛機はMacへと代替わりしているのですが・・・

 

海外ドラマを観ていても、専門的な会社の事務所などでMacのAppleマークを見つけると「よっしゃ、この研究所は優秀だ」などと筋とは関係無く番組を褒めたりして・・・

 

日本のドラマでは其れ程お目にかかれないが・・・たまにMacが置いてあるのが映ったりすると制作者の本気度とか、拘りとか・・・などと、勝手に感じ取ったりしてしまいます。

 

ただ・・・冷静によく考えると・・・・

 

「X68000」も、知る人ぞ知る!だったり、Macにしてもユーザーは少ない。

Windowsマシーンが映っていて「おう!DELLだ!」とか思う人は居ませんよね。

 

SONYの「VAIO」だと「むふふ・・・」は有り得るかな?

 

何れにしてもWindowsマシーンは余りにも当たり前過ぎるって事ですねぇ。

 

「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる」みたいな。

 

結局、圧倒的マイノリティーという事かぁと実感させられてしまう訳ですが。

 

以前に「言の葉の庭」を観て、すっかり新海監督に惚れ込んでしまったので「君の名は。」も期待していました。

 

ストーリーにも、映像にも、あちらこちらに拘りが仕組まれていて、流石ですね!という感想でした。

 

登場した女教師が「言の葉の庭」の女教師と同一人物では?とか、さりげなく貼られているポスターや、部屋に置かれた小物などに関しての情報などネットでも話題が飛び交っています。

 

多分、多くの人は既に劇場で観たのだと思われ、「何をいまさら」という事かも知れないのですが。

 

耳に支障があるので劇場で観られない私はひたすら待っていた訳です。

 

同時期に公開された映画がどんどんDVD化されていたのに、(待たすよなぁー)という思いもあったのですが、裏を返すと、それだけ人気作品だったという証という事ですか。

 

「映画を5回も観た」などというリピーターを続出させたこの映画、件の彼等は、今度はブルーレイ・ディスクを買ってワン・シーン、ワン・シーンをポーズで検証したりしているのだろなーと微笑ましい想像をしてしまいます。

 

昔は、(解る人だけ、解って)と仕掛けてニンマリしている作り手の顔が画面の裏側に透かして見えたりするゲームがよくありました。

 

所謂、隠し画面という類いの作り手のお遊びです。

それは本編より面白かったりして・・・それを隠してしまうなどという心意気に感心したものです。

 

今は、自分がゲームをしなくなったので、今もそうなのかどうかは判りませんが・・・そういう流れが続いているなら嬉しいなとか思います。

 

「君の名は。」・・・監督にそんな遊び心を感じた映画だったという訳です。

 

7月、途中から腰砕けで途切れてしまった記事の更新・・・

 

8月、やっとの更新となりました。

  • 2017.08.04 Friday
  • 14:04

頭の中の独り言

ミニミニ同窓会?

夕張出身「和田義郎」油絵展が三越のギャラリーで7月11日から開かれていて、最終日が17日だった。

 

その最終日の17日に、友人からメールで誘われて観に行く事にしたのだけど。

 

他にも声をかけたという事で、呼びかけで会場に集まった同窓生は何と20人近くになっていた。

まるで同窓会みたいになってる・・・

 

私は同窓会というイベントは、会場の近くに用事があってちょっと覗きに入った1度を除いて、参加した事は無かったが、今回集まった人達はずっと参加していたメンバーという事で、互いは既に顔馴染みだった様だった。

 

高校を卒業してから50年位で初めてみんなと顔を合す私にとっては完全アウェイ、浦島太郎状態。

私も相手に、相手も私に、互いに(この人誰?)の雰囲気。

 

面影から判る人も居たし、全く判らない人も居た・・・と言うか、殆どが判らなかったのだが。

 

先ずは展示されている絵を一人で観て回る。

 

安曇野や大沼、奥入瀬渓流などの自然を描いた風景画や、薔薇や椿などを描いた静物画などが飾られていた。

 

油絵の事はよく判らないので、評しようも無いが、彼の人柄が現れていると思わせる穏やかで優しい色調の絵だった。

 

展示会場で握手をした画家の和田氏との会話は、絵の事よりも「放課後、教室でベンチャーズとか合奏したよねー」などと当時の事ばかりだったのだが。

 

油絵展最終日は4時閉場という事で、その後5時に友人の計らいによって今回集まった夕張同窓の面々とグランドホテルで飲み会を予定していた。

 

和田氏は最終日を終えたその夜に在住の千葉県へ帰るという事になっていたので、個展の祝いと、労いと、送別会と、ミニ同窓会みたいなものという雰囲気。

 

集いの会場の時間待ちに他のグループは何処かの喫茶店に流れ、和田氏を含め私達8人位で会場の在るグランドホテルの喫茶店で待つ事となった。

 

その時同行した一人に小学校で同じクラスだった人が居て、顔を見た途端に彼女だと判った。

 

おや?と思ったのは、顔を見て判ったという事よりもフルネームで覚えていたという事の方だった。

 

「つげ義春」の『紅い花』で6年生の同級生を「のう、キクチサヨコ」とフルネームで呼びかける独特の世界観が面白いと思っていた事を想い出す。

 

そんな呼びかけはしなかったものの、小学生時代は確かに全員をフルネームで覚えていたのだったと改めて思ったりした。

 

「ビックリさせましょうか?○○○○○○さんでしたよね?」とフルネームを言うと・・・

「そうです、チバさんは確か・・・チバヒロシさん?」

 

あらら?ビックリ返しをされてしまった!

 

思惑は(どうよ!何十年経っても忘れずに覚えているこの記憶力!)だった筈なのに・・・

相手も同じく覚えていたんだ!と、こちらの方が驚き、ならば特異な事ではなかったのですかいなと。

 

その後も小学生時代のクラスメイトの話をする時には「○○○○○○君って」とか「○○○○○○チャンが」と、全てフルネームだった。

 

中学や高校時代で知り合った同級生の話の時には「○○君って覚えてる?」とか苗字でしか呼ばなかったし、下の名前は覚えていなかったりした。

 

・・・と分析したものの、他人に其れ程興味を示さない私だけの事かも知れないのだが。

 

以前、エピソードとして記事にした事があるが、高校卒業の前の大掃除の際、雑巾を絞ってくれたのが、見覚えが無いので隣のクラスの女の子だと思っていたら、実は2年間同じクラスだったという事もある訳で・・・

 

その後はグランドホテルのレストランで件の飲み会が始まり、私は聞こえない方の耳側に誰も坐らない様にと端の席に着く。

 

予想していた様に、それぞれが一斉に話す皆の会話は塊になって耳に雪崩れ込み、聞こえても聴き取れないので会話には殆ど参加しなかった。

 

なので、結局殆どの顔ぶれを誰が誰だか判らず終いという事だったのだが・・・

 

そして、50年振りに皆と再会したりしたというのに、私の1番の興味は上記の様な(へー、小学生の時ってフルネームで記憶してるんだ)という事だったりして・・・

 

以前にこのブログで書いた事があった、私を「屈折している」と言い放つ友人も今回来ていた。

 

過去にも久し振りに会う度「いっやー、全然変わらないで屈折してる!嬉しいなー」と褒めて(?)くれていた訳だが・・・

 

う・・・ん、彼の感想は矢張り、的を射ていたりするのかなぁ?

  • 2017.07.19 Wednesday
  • 11:07

頭の中の独り言

気紛れ天気。

どうなんだろう・・・

札幌って、何か、日曜になると雨が降っている様な・・・

 

今日(日曜)も、シトシト降っているなと思っていたら、突然、バケツをひっくり返した様などしゃ降り!

 

私は日曜を楽しみにしている様な生活はしてないんだけど。

それでも天気予報を見る度に(働いている人、折角の休みなのにね)と思ったりして。

 

少し前までも運動会とか・・・近所の祭りとか、土日になると天気が崩れて、気の毒に思っていたり。

 

それにしても暑い日が続いたから、所によっては恵みの雨という事にもなりそうで・・・

と、思っていたら、土砂災害注意報が出るほど降り過ぎるのもなぁ・・・とも思う訳で。

 

昨日、NHKを観ていたら画面の上部にテロップが流れていて・・・

「美幌町33.4度。札幌33.2度」と表示されていた。

 

美幌に住んでいる友達にその事をメールで告げて「負けたなぁ」と結ぶと「街中の照り返しで毎日37度になってるだ〜夏だね」と返信があった。

 

それから其れ程時間が経たない内に打ち直す事となった。

「今、NHK見ていたら『2時の最高気温、美幌町37度』だってさ」って。

 

・・・すると照り返しでは一体何度になってるんだろ?と心配し乍ら。

 

暫くするとまたもや返信が。

 

「だよ!この暑さ体験させてあげたいー!札幌の同級生が今日来て、『何なの?何なの?暑さが違うー』って」とか。

 

暑いといっても、北海道の場合は短い夏の日・・・

我慢し乍らも、それなりに楽しまなくちゃとか思っているんだけど。

 

我慢ならねぇ!というのが指先の汗!

ピアノの鍵盤にペタペタ、ペタペタ張り付いてしまう。

 

スライドさせて弾く筈の音が、最初に置いた黒鍵でピタっと止まってしまったり。

指先に澱粉でもまぶさないとベトベト湿って弾かれたもんじゃないっ。

 

・・・・って、今迄夏の時期にこんな愚痴を書いた事は無かったと思うが・・・

 

暑さの所為かな?歳の所為かな?

  • 2017.07.16 Sunday
  • 13:23